「あれ……?」
誠也は立ち止まる。
それは彼の前の千恵理も元喜も同様。
薄暗い廊下を渡り、二階に上がった時である。
階段から上がって来たちょうどそのタイミングで、人影が廊下奥の暗がりに消えていこうとしているところ。
「!? 江崎!?」
そう口にしたのは元喜だ。
手にした大筒を構え直す。
「江崎!?」
思わず問い返したのは、隣に並んで警戒していた千恵理。
「江崎って人、確か双炎坊が君を陥れるために殺しちゃった徳石高校の子じゃなかった!?」
元喜はうなずく。
彼らの目の前では、廊下の奥の曲がり角にその大柄な人影が消えたところ。
薄暗くても、誠也たちの目には、大柄な体躯がまとった青いブレザーがはっきり見えていたのだ。
「……あの殺された人の霊体はここだったんだ……」
思わず誠也が呟く。
考えてみれば当然のことだが、あの元喜を陥れる陰謀のために殺された他校の生徒の魂は、双炎坊の手の中にあったということ。
しかも、怪物化していない様子だ。
「……彼、何で急に私たちの前に?」
千恵理は明らかに訝しんでいる様子だ。
応じて元喜が鼻を鳴らす。
「あっちについてきてほしいって話じゃねえか? 双炎坊様がお待ちかもな?」
誠也は、それを聞いておずおずと発言する。
「あのう……多分、罠だと思う。いかにも怪しくない……?」
千恵理と元喜が顔を見合わせ、そして誠也を振り返る。
「……確かに。怪しいわよね……」
千恵理が構えたままの太刀を握り直す。
「しかし、わざわざあんなことをしてくるというのもな……なんのつもりだ」
元喜は指で唇を拭うようにして考え込む。
「……もし、あの人の行った先に罠があったら……ついていくのは危険じゃないかな……」
誠也は、すうっと息を吸い込んで落ち着いてから、自分の推測を述べる。
「まず、部長や副部長たちと合流することを考えた方が……どこにいるんだろう……」
再び、千恵理と元喜が顔を見合わせる。
「そうよね。部長たちと合流して情報のすり合わせをしないまま双炎坊に出くわすのは危険かも……」
さしもの豪傑である千恵理も、あの外法術の達人と何の備えもしないままにかち合うのはぞっとしないと考えてはいるようだ。
「熊野御堂の娘は、幻術を破る光明真言が使えたはずだ。まずはヤツと合流しないと、どこからが事実でどこからが双炎坊の幻術かすら、俺達には判断がつかねえな」
元喜は流石に上位妖怪の天狗の若君だけあって、状況判断が的確である。
誠也はごくりと生唾を飲み込む。
「あの殺された人の霊体も、もしかして幻術……」
「その可能性もある。やはり、まずは熊野御堂の娘を見つけて……」
元喜がみなまで口にする前に。
「やあああっ!! 部長!! 部長ーーーーー!!」
「ダメだ紗羅……!! 来るなーーーーー!!」
聞き覚えのある声での絶叫が響き渡る。
誠也たちは思わず一瞬固まる。
互いに青ざめた顔を見合わせ、口を開いたのは千恵理。
「部長と副部長の声……!! 廊下の奥……!!」
元喜が舌打ちする。
「行くぞ!!」
走り出した千恵理と元喜を追って廊下の向こうへと向かう誠也は、なんだか妙に嫌な気分がした。
何か悪いことが起きる。
そんな気がするが、それでも部長と副部長がいるなら見捨てられない。
双炎坊は彼らに何をしたのか?
薄暗く埃っぽい廊下を蹴って左折、奥に二番目の階段が見え、そして手前に扉。
その扉の前に誠也たちが取り付いた時、中からは誰かが取っ組み合いでもしているかのような音と地響きが伝わってくる。
「……!? 部長と副部長? 何かと戦ってるの!?」
「入るぞ!!」
千恵理が一瞬躊躇する間に、元喜がドアノブに手を掛ける。
引き開ける。
「!! こいつ……!!」
「!! 部長!? 副部長!?」
その部屋の内部を覗き込んだ途端、むっとする血臭が押し寄せる。
元は淡い綺麗な色の絨毯が敷き詰められていたのであろう、床の上。
……何かが、転がっている。
投げ出された棒状のもののお陰で、それが手足であり、つながっている中央のぐちゃぐちゃした塊が元は人体であっただろうことが辛うじて判別できる。
判別、できてしまうのだ。
「ぶ……ちょう……ふくぶちょう……」
誠也は自分の声が別人のそれのように感じている。
わかってしまう。
それが少し前まであの陽気な部長とツッコミ上手の副部長であったことが。
血の海の中の眼鏡とか、まだ足首が突っ込まれたままのおしゃれな靴なんか見なければ良かったのに。
そして。
「そいつら」が、ぞろぞろと奥の暗がりから立ち上がる。
それは全体的な形から言えば、人間に似ている。
ただし、首が肩から二本生えており、頭も当然二つ、片方の頭には目が全く存在しておらず、もう片方の頭には、額のそれも含めて、巨大な目が三つあるのが、人間と言えれば、だが。
それは二体いる。
奥の暗がりで何かを食べている。
人間のそれとは思えないばかでかい口は、血と肉片でべったり汚れている。
しゃがみこんで食事中だったらしいそいつらが立ち上がる。
新しい獲物だと言わんばかりに、ニンマリ笑い……
「あんたら!!」
千恵理が止める間もなく、太刀を振りかざしてそいつらに突っ込んでいったのは、その時であった。