6-14 眠れる遺跡の使い道

「なんか、こういうの見たことあるなー……」

 

 と、いうのが、メロネリ遺跡に初めてやってきたゼーベルの反応だった。

 

「なーんか、いつだったか、ボーッと見てたテレビでこういうの映ったぞ。向うの世界でよ」

 

 と口にした、ゼーベル始め一行の目の前に広がっているのは、石造りの壮大で豪壮、幻想的でもあるピラミッドめいた建物と、その前に広がる石造の居住地跡。

 森の他の場所の遺跡に比べると、大分保存状態がいい。

 

「マヤの階段ピラミッドとかいうのに似てますわよねえ、あのメキシコの……」

 

 レルシェントは、故郷でこの場所の資料を集めている時に、すでにこの場所の映像に、そうした印象を抱いていた。

 

「……で、この神殿のような建物は、神殿ではなく、研究所なのだな?」

 

 オディラギアスは、突如途切れた森の隙間から、その石造建造物を見上げていた。

 

「そして、裾野に広がっているような建物の遺跡群は、当時の研究所員たちの居住区だった、という訳か」

 

「ええ」

 

 レルシェントはうなずく。

 

「遺跡本体に近いだけあって、よく保存されていますわ。他の場所からの侵入者もいないようですし。ここなら……」

 

「メロネリ遺跡の命令を書き換えて、フォーリューン村の住人を敵対種族から除外。機獣と古魔獣の害を阻止する。それで……」

 

「うちの村人に『管理者権限』ってのを付与して、この森と遺跡の所有者設定にする。安全に、自由に振る舞える……その状態で、この居住地跡を新しい村として住む、と。なるほど」

 

 マイリーヤとイティキラが、レルシェントから事前に受けた説明を繰り返す。

 

 それは、レルシェントが思いついた計画だった。

 フォーリューン村は、完全に焼け焦げ、人が住める状態では全くない。もし、以前と同様の建造物をそろえるとするなら、短く見積もっても数か月かかるであろう。その間、野ざらしでいるのは全く現実的ではない。

 

 しかし、その一方、現時点で暫定的に居住してもらっている、森鬼たちのために開拓させられた遺跡に住み続けるのは、様々な面で良くない。

 前までは無理やり建物に押し込められていたが、実際には人数に対して手狭に過ぎる。

 その上、過酷な記憶がこびりついており、精神衛生上、極めて不適切だ。

 

「ここは、最盛期には千人以上の霊宝族が住んでいたそうですわ。居住に向くよう、ゆったり作られているはずですし、遺跡中枢と連動して、様々なインフラも整っておりますの。研究所のコアの設定を書き換えれば、すぐにでも居住できる状態になるかと」

 

 すらすらと説明するレルシェントに、マイリーヤとイティキラはうなずいた。

 

「……ねえ、古魔獣か機獣のメイドも使えるってほんと?」

 

「ええ。霊宝族の家庭では、様々な家事雑事を行わせるために、機獣か古魔獣を人形に作って、メイドや執事として使役するのは一般的よ。この遺跡でも生み出せると思うわ。生活が大分楽になってよ」

 

「ほんと……」

 

 さらりとレルシェントが応じると、二人はほっとした顔を見せた。

 

「遺跡の研究所エリアには、この森の植物を使用した魔法薬のデータが登録してあるはずだから。上手くいけば、妖精族と獣佳族の村民の皆さまにも、作り出せるかも知れない。多分、地上で一般的に出回っている魔法薬より、高値で売れるはずだわ」

 

 むむっと、マイリーヤとイティキラが顔を見合せた。

 

「上手くいったらの話だけど、それを外の商人と交易すれば、前よりお金がもうかるかも知れないって訳だね?」

 

 マイリーヤの念押しに、レルシェントがうなずく。

 

「ええ。遺跡内部には、森の外への転移装置も備わってるから、外との行き来も楽になるはず。以前より安全で豊かに暮らせるわ」

 

 イティキラがふうっと安堵の息を吐いた。

 

「よかった……そういうことなら、ショックを受けてるみんなも、立ち直り早そうだな……」

 

「ええ。事件は悲しかったけど、早く暮らしを立て直して、安楽に暮らしていただかなくてはね。霊宝族の管理区域であんなに悲惨な事件が引き起こされて、何のケアもして差し上げられないのでは、あたくし個人としても、心中穏やかではないわ……」

 

 そのことが引っ掛かっているのだろう。レルシェントは端正な眉を寄せた。

 

「しっかし、霊宝族の技術を使わせてもらえれば、そんなに安楽な暮らしができるのに。なぁんだって、あっしらの先祖連中って、戦争なんかしちまったんでやすかねえ」

 

 ジーニックが、ふっと目を陰らせた。

 レルシェントが小さく溜息をつく。

 

「あの戦争は、個人的な意見を言わせていただければ、特定のどの種族が特に悪いってことじゃないのですわ。みんな、それぞれに落ち度があって、軋轢が修復不能になるところまで放置してしまった。誰が悪いのかと強いて言うなら、全部の種族が悪かったのですわ」

 

「まあ、一方的な侵略戦争でもない限り、戦争というものはそういうものなのだろうな」

 

 オディラギアスが何かを思い出したように呟いた。

 

「だが、時はその傷を癒すものだ。実際、あの村の方々は、霊宝族のレルシェントの助けの手を振り払わなかったではないか。あの戦争から見れば、現在(いま)は未来なのだ」

 

「そうだと思うぜ」

 

 ゼーベルも主に賛同する。

 

「最初、俺、このレルシェとかいう女、何考えてんだろうって不気味に思ってた。今だから言えるけどな。でも、ちゃんと腹を割って話してくれたら、至極まっとうな奴だった。他の奴ら同士も、同じじゃねえかな?」

 

 ま、どうしても合う合わないはあるかも知れねえが、それよりは分かり合える確率が高いと思うぜ、と、ゼーベルは気楽に呟く。

 主以外に心を開くことの少なかったゼーベルだが、この旅は彼の力になっていたのだ。

 

「……ありがとうございます。何だか心強いですわ」

 

 暖かな笑いを、レルシェントは見せる。

 

「心強いついでに……あちらの方のお相手も、一緒にして下さると嬉しいですわ」

 

 誰もが、レルシェントの視線の先を追い。

 研究所エリアの階段状の壁面を、降りてくる影を見付けた。