村雲璃南(むらくもりな)は、明るい日差しの降り注ぐ、その路地の一角で立ち止まり、空を仰ぐ。
春特有の、温かい湿り気のある、柔らかなセルリアンブルーである。
街路樹の枝先と、街灯の湾曲した腕、そして電線に切り取られた空に、動くモノ。
村雲璃南は、目をすがめる。
名工の手によって精緻に形作られた人形のような、気だるげでニュアンスのある大きな目の、端麗な顔立ち。
日本人女性の平均からすればやや長身だが、ゆったりめの衣装の上からでも素晴らしいプロポーションなのが窺える。
ウエスト周りをちょっと凝った意匠のコルセットベルトで締めた、スチームパンク風味のあるレトロないで立ちである。
巻き毛の鬢の毛が、春風に揺れる。
春の太陽を横切って、その飛行物体は、璃南のはるか頭上を行く。
白っぽい日光に輝く、紅いステンドグラスのような翼。
虹色に照り映える獣の姿の「それ」は、長い尻尾を揺らめかせながら、春の空を飛んでいく。
およそ並みの人間の大部分が見たこともないであろう「幻獣」が、都会の空を横切っていく。
璃南は微笑んだ。
まるで、その獣を知っているかのように。
彼女は、視線を地上に戻すと、何食わぬ顔で、目の前にある、大きな大学の正面の鉄門に吸い込まれていったのだった。