1-4 吸血鬼

 東京の首都機能は、ほぼ麻痺しつつある。

 

 いきなり巨大な怪物がどこからともなく出現し、街を破壊し、人間を食らう。

 いや、正確に言えば、「街を破壊する」のはついでだ。

 その異様な見た目の怪物どもは、人間を襲い、喰らっているのである。

 

「食らう」というのもいささか不正確。

 起こっている出来事そのままで言えば、あれは「吸収している」のだ。

 

 怪物は、最初6~7m程度の大きさの、有り得ぬ生物の骨格標本に似た代物。

 しかし、手当たり次第に人間を捕らえ、自分の体に吸い込むと、その人間はどろどろに原型を失い、怪物の一部となる。

 そうすると、怪物は成長する。

 巨大化し、様々の器官が生えそろい、能力が増えていく。

 十人、二十人。

 人間を吸収するほど、怪物は強大になっていく。

 自らの餌である人間を効率よく捉えるために、怪物は、人間の詰まった建造物を破壊し、内部より人間を掻き出す。

 それはアリクイが、アリを食べるために蟻塚を壊すのと変わらぬ、本能に従った行動である。

 結果として、街も破壊され、機能しなくなっていく。

 

 物理的に破壊されたり、封鎖地域に囲まれたりしていて、かなりの割り合いの人間は、職場にすら出勤できない。

 多少恵まれた者の中には、東京を見切って地方に「疎開」する者までいる。

 

 海外メディアは「リアル・ゴジラ事件」と、世界的に有名な怪獣映画になぞらえて報道していたが、もちろん、彼らもまた安全ではない。

 特ダネ目当てに粘る者もいないではないが、元々海外の人間であった者たちは、我先にと日本を脱出する。

 東京に八割以上集中しているが、怪物は日本の他の地域にも出現しない訳ではない。

 つまり――日本国内、安全な場所など、今やどこにも存在していない。

 

 なぜ、日本国内領内限定でこのような怪物が出現するのか。

 そもそも、この怪物は、一体「何」であるのか。

 

 何一つ解明できぬまま、今日も奴がやってくる。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「こいつはデカイな」

 

 上空で大輪の真紅の花のように翼を広げ、悠然と羽ばたきながら地上を見下ろすアマネは、そいつを見てそうこぼした。

 

 うららかな春の日差し……は、その災厄をグロテスクに強調する役割しか持っていない。

 どれだけ人間を食らったのか、すでに30m近くにまで巨大化したその怪物は、おもちゃのように無造作に車両が転がった道路にうずくまり、悠然と人間を「食って」いる。

 

 目の前に、人間が山積みな訳ではない。

 さながらワニの口の付いた巨大なイソギンチャクといった外見のその怪物は、自分の首周りに映えた「触手」を、魔法のロープよろしく、無制限に伸ばしている。

 その先端が、周囲の高層ビル街の外壁を突き破り、内部に突き込まれている。

 どういう仕組みか、掃除機よろしく、その「触手」は、人間を吸い込んだ。

 その無限に伸びるノズルは、二十数筋もあろうか。

 本来の体長なら届かない高層にまでそれは伸び、老若男女の区別なく、人間を「吸い込んで」いる。

 

「いやだぁ、えげつないわね、あれ」

 

 空中で妖しく燃える碧の翼でゆっくりホバリングしながら、エヴリーヌはうんざりしたようにアマネに話しかける。

 今までもげんなりする酷い災害であったが、今回のはまた酷い。

 貪り方の情け容赦なさという点で、今までの怪物は非効率的で甘かったのだと確信させる貪婪さである。

「効率的な人間の補色方法」を証明するように、その怪物は今まで見た最大のものの倍近くはありそうな大きさ。

 

「えげつなかろうがなんだろうが、あれをこれ以上でかくさせてはいかん。巨大化の限界があるとは限らないのだ。あまりにでかくなると、我らの術でも、手が付けられなくなるぞ」

 

 アマネが、きっぱりと断言し、並んで飛んでいるエヴリーヌにあごをしゃくる。

 

「行くぞ」

 

「はいはい、確かにこれ以上でかくなってほしくないわあ。こういうのは映画で見るもんよねえ」

 

 全く、誰がエンタメを現実化させてくれって頼んだのよ!?

 ぶちぶちと唇を尖らせながら、アマネと並んで急降下した、その時。

 

 ぶわん!!

 

 と、黒の衝撃が、空間を両断する。

 

 悲鳴を上げる間もなく、反射的に避けたエヴリーヌは思わず体勢を立て直して周囲を見渡した。

 

 こんなに離れているのに!?

 と思った矢先。

 

「ああ、お待ちしていましたよ、お嬢さん方。そろそろ、来られる頃だとは」

 

 耳に快い、上品なバリトンの声音である。

 エヴリーヌ、そしてアマネも、思わず空中姿勢を保ったまま、その人影を見た。

 

 人の形をしているが、人ではなかろう。

 地上から100m以上も離れた上空に、何の支えもなしに浮かぶ人間など、いる訳がないからだ。

 白皙……というより、異様に青白い、若い男性に見える。

 彫刻のような端正な顔立ちには粋な眼鏡が光っていて、なおさら上品な印象をかきたてる。

 しかし、身に着けているのは、さながら戦国時代の武将のような甲冑だ。

 攻撃的な装飾の甲冑に、それを引き立てるような、凝ったマントを羽織っている。

 それが、上空の風に、反旗のようにたなびく。

 

「何だ、貴様!? 何者だ!?」

 

 アマネが油断なく、術の源となる扇を構えながら、鋭く詰問する。

 エヴリーヌも、術で足止めしやすい位置に、空中でさりげなく移動。

 

「あなた方にとっては、最期ですし。お教えしてもよろしいでしょうか。私は闇路《やみじ》と申します。吸血鬼です」

 

 真綿に猛毒の針をくるんだ口調で、その吸血鬼は、笑みと共に宣言した。