9 春の陽の約束

「駄目。雅と連絡つかない。スマホも解約してるみたいだし、アパートも引っ越したあと」

 

 日当たりのいいラウンジで、友麻は向かい側に座った璃南にそう告げる。

 ぐったりと、上半身をテーブルに投げ出して溜息。

 

「なんだったんだろう、あれ。嘘みたいにいなくなった。こんなことってある!? 失踪だよ失踪!!」

 

 はああと再度息を鳴らしてカフェオレで喉を湿らすと、友麻はミルクティーをすすっている璃南をじっと見据える。

 

「わかってたって顔だね」

 

「わかってたよ。『司祭』を名乗る人間にはよくあること。急に消える。跡形もない。忘れた頃に、どっかにまた現れる」

 

 璃南は優雅にカップを置く。

 ひたと、友麻の曇った顔を眺めやり。

 

「……今度から、おかしいなって思った相手には近付かないこと。誰が『司祭』かなんてわからない。気を付けてても仕方ないこともあるけど、またおかしいなって思ったら連絡して」

 

「うん。あの子、悪い子じゃないと思ったんだけどなあ。そんなに派手っぽくない割りには人脈あって、乗せられてるうちに楽しくなってきちゃって」

 

 ごろごろ。

 友麻はテーブルに上半身を転げさせる。

 

「……誰も知らない、私たちだけの秘密を知ってるって、嬉しくなってきちゃって。今考えればおかしいんだけど、その時はテンション上がって気付けなくて」

 

 ぼそぼそ打ち明ける友麻に、璃南は穏やかに視線をやる。

 哀れんでいるのか、仕方ないと諦め顔なのか。

 

「普通の人間は、私たちみたいな人外の本性なんかに関わらないで生きていく。開示されるのは、何かやむを得ない時とか。そうでないなら、裏がある。わかった?」

 

 ふと。

 璃南にむかってうなずいた友麻が、じっと視線を留める。

 

「なに?」

 

「うん。あのさ。私は、璃南ちゃんのこと覚えていていいよね?」

 

「これが『やむを得ないこと』。友麻ちゃんの身を護るためにも覚えていた方がいい。ああ、サークルは解散した方がいいけどね」

 

「どことも連絡つかなくなっちゃったしなあ。しばらく落ち着きたい」

 

 相変らず、友麻はごろごろのたうち回りながら。

 

「ね、二人でどっか行かない?」

 

「親父が遊園地の入場券もらってきてたけど、それでいい?」

 

 いきなりの璃南の返しに、友麻は一瞬びっくりし。

 満面の笑顔でうなずいたのだった。