その部屋は広々としていながら、煌々とした電気灯の明かりで隅々まで照らし出されていた。
人工の明かりに映える緋色の絨毯が敷き詰められた部屋には、重厚なドミニア樫の会議用長机が設置されている。そこに、幾つかの人影があった。
その奥、部屋の突き当りは、舞台のように数段高くなっている。
やはり緋色の絨毯を敷き詰めたその壇の上には、巨大、かつ凝り倒した玉座が据えられている。
そこに、目にも鮮やかな人影があった。
玉座に座って周囲を睥睨しているのは、緋色に金色のレースをあしらった豪勢なドレスに豊満な身を包んだ女性だった。
同じく緋色の髪を独特な形に結い上げ、両脇の毛だけを垂らし、ティアラを戴いている。
目鼻立ちも髪や衣装に負けぬくらい派手で、熱っぽい光をたたえた鮮やかな緑色の目が、面白そうに長机に居並ぶ者たちを見下ろしていた。
年齢の分かりにくい見た目だが、恐らく四十前後にはなっているだろう。
衰えよりも熟した色香と、溢れる生命力、そして冷徹な雰囲気さえ押し包む艶っぽい気配が、彼女を輝かせていた。
「さて……これより、御前会議を始めます」
片眼鏡、神経質そうな痩せた、人間族の初老の男性が声を張り上げた。ニレッティア帝国特有の、カッチリした上等なスーツを纏っている。
「この内務大臣、ボシュエル・ニアン・ベイリンが議長を務めさせていただきますぞ。さて……」
上座に座ったベイリンが右手の一番手前に座る人物を見た。
「情報局長官、シエノン・ゼダル・ミーカル殿、緊急に議題に登らせたいことがあるということだが」
その浅黒い肌に沈鬱な表情の、三十絡みであろう人間族の男性が顔を上げた。
灰みの強い銀髪が鮮やかだ。
「……ルゼロス王国、第八王子、オディラギアスについて、特別な動きがありました」
妙に耳に残る静かな声が、そう言葉を紡ぐと、ざわりとざわめきが盛り上がった。
「ほう……それは? かの王子は、スフェイバに追いやられたという定期報告を聞いたばかりであったが?」
ベイリンが促すと、ミーカルはうなずいた。
「スフェイバ入りした直後……従僕の蛇魅族、そしてその辺りで商売をしていた人間族の商人、並びに、旅芸人の女三人を伴って、スフェイバの遺跡に向かいました」
ざわめきも通り越した驚愕の声が上がった。
「遺跡に!? すると、死んだということか!?」
そうストレートに尋ねたのは、下半身が虎の体になっている、たくましい獣佳族の男性だった。
服から露出している体のあちこちに浮かび上がる傷が、歴戦の勇士であることを物語る。
「いえ。つい先日、数日ぶりに無事に帰還したそうです、モアゼ・ジュクル・パイラッテ将軍」
ミーカルは、いかついその軍の最高司令官の名を呼んだ。
「馬鹿な!? 有り得ぬ、六人程度では、スフェイバ遺跡レベルの遺跡には、辿り着くことも困難なはず」
信じられない、という表情も露骨に、パイラッテは呻く。
「どうも……いささか事情が特殊なようでして」
すっとひんやりした視線で、ミーカルは周囲を眺めまわした。
「本日、緊急の御前会議をお願い申し上げたのは、そのことです」
ふう、と色っぽいともいえる溜息が、彼らの上段、玉座から聞こえた。
「まどろっこしいのう。つまり、どういう事情でそんなことが可能になったのじゃ? あの白い龍の王子殿下はいかなるものを手にした?」
かるく首をかしげて自分を見るその赤い女帝に、ミーカルは、は、と背筋を伸ばした。
「スフェイバの遺跡に赴く時、あのオディラギアス王子始め、同行六人は、全員霊宝族由来の武器を手にしていました」
その言葉にまたもやざわめきの波が盛り上がるが、更にその後に。
「オディラギアスが接触した旅芸人一座の踊り子、レルシェと名乗る女は、霊宝族であったようです。その女から、武器を献上されたようですな」
一瞬、座が独特の緊張感と共に静まり返った。
「霊宝族!? 霊宝族が地上に降りて来たというのか!?」
轟雷のように叫んだのはパイラッテ将軍。
「その情報は確かなのか!?」
「確かです。オディラギアス周辺に送り込んだスパイの者が、確かにレルシェなる女の額に、霊宝族の宝珠を確認したと」
きっぱりミーカルが言い切ると、ざわめきが更に大きくなった。
「その者が――具体的には不明ですが、どうも星霊石を大量に消費するある魔法を使ったようでして。それで、霊宝族特有の武器――魔導武器を生み出して、オディラギアスとその配下の者に贈ったようです」
ふむ、と声を出したのは、玉座の女性だ。
「興味あるのう。その、レルシェ、とかいう霊宝族に関して、もっと詳しい話をわらわにしてたもれ」
「は。本名は、レルシェント・ハウナ・アジェクルジット」
ミーカルが、書類をめくり、該当箇所を確認する。
「額に星層石を持ちます。ちなみに、本人の名乗りによると、このアジェクルジット家というのは、霊宝族を現在束ねるイウジニルレース王家とも婚戚関係にある司祭の家系だとのこと」
再度、ざわめきが津波となった。
「ううむ……古伝によると、霊宝族というのは魔力が高いだけに、それに密接に関わる神々とも親密だという。聖職者への敬意の高さは、我らの比ではないとか、のう?」
赤い女が、ニヤリと笑った。
「これは、我々がいうところの、少しばかり毛並みのいい聖職者というだけではない権力を持っておる可能性があるのう。大物が近付いてきてくれたのかも知れぬわいな……その霊宝族殿は、例の冷や飯食い殿に何の用があって近付いたというのかの?」
エメラルドのような鮮やかな瞳を向けられ、ミーカルは再び書類を確認した。
「……レルシェント側から近付いたのではないようです。オディラギアス配下に、かの者たちと遺跡由来素材の取引をしている商人が混じっておりまして、その者からオディラギアスの耳に、かの者の情報が入ったとか」
ほほう、と、赤い女は目を見張った。
「レルシェント側は、当初よりスフェイバの遺跡内部への侵入を試みていたようですが、オディラギアスは強引にそれに相乗りしたといったところですな」
ふうう、と息を洩らしたのは内務大臣ベイリン。
「……で、遺跡内部で、具体的に奴らは何をしたと?」
「……それに関する情報は、まだ入っておりません。引き続き、監視を続けたいと思いますが……」
ミーカルの灰色の目が底光る。
「ただ、一つ我らにとって、有利な情報が」
「なんじゃ? もったいぶってないで申せ、ミーカル」
玉座の女が急き立てる。
「……オディラギアスの連れている御用商人ですが、このニレッティア帝国に本拠のある、マイラー商会の血縁の者でして。最近独立して、ルゼロス王国に商機を見出したらしいですな」
ほほう、と玉座の女が声を洩らす。
やがて、ミーカルが満座の帝国中枢を前に語った作戦は、驚嘆と納得をもって、彼らに迎えられた。
「よかろう」
玉座の女が高らかに宣言する。
「このニレッティア帝国女帝、アンネリーゼ・ノウジリル・レザンナ・ニレッティアが許可する。ただちにその作戦を実行に移すが良い」