6 霊感少年の憂鬱

「大道くん、詳しく話を聞かせてほしい」

 

 オカルト研究部部室は、急に静まり返ったようだった。

 平坂教諭が、さっきまでは副部長の紗羅が座っていた上座に、ゆったりと腰を下ろした。

 誠弥はその横、九十度に隣り合う長机の端に座り、その横を千恵理が固めた。

 

「職員室がある、特別教室棟の一角が寒いんだって? もっと具体的に聞かせてほしい。寒いって感じるのは、職員室だけかな?」

 

「いえ……」

 

 平坂の静かな目をちらっと見やって、誠弥は唇を舐めた。

 

「特別教室棟の一階は全部……なんかそこだけ冷蔵庫になったみたいに……職員室と、その隣と、その隣の……」

 

「……会議室と校長室も、か……ふむ」

 

 平坂は持ってきていたタブレットのメモアプリに、何やら打ち込んだ。

 

「寒く感じるって、それ、つまり、どういうことなんだろ? 人を切ったことのある刀は冷たく感じるってことくらいわかるけど、場所が冷たいってことは、ええと……?」

 

 千恵理が角の根本あたりをたしたし叩いた。

 

「それぞのまんまだよ、尾澤さん。人が殺されたような場所は、冷たく感じるものなんだ。死の気配を、感じ取るのだね。『生き物の死』に関わったような場所や物品なんかを、大道くんのように突出した霊感を持つ者は『寒い』と感じる」

 

 断言され、千恵理はぎょっとした。

 

「えっ、ちょっと待ってくださいよ!! 学校内で、誰か殺されたっていうことなんですか!? しかも職員室とか校長室とか、職員会議室で!? どういうこと!?」

 

 目を白黒させて声を跳ね上げる千恵理に、平坂は静かにというジェスチャーをしてから、言葉を続けた。

 

「まだこれだけの情報では断言できないが、僕が最近感じ取っていたこととも一致する。あそこで人が殺された、もしくは、とりわけむごい殺人に関わった人間がいるか……そうとでも考えないと、大道くんがこれだけ心身に変調をきたす原因がわからない」

 

「……職員室か校長室か会議室が殺人現場か、もしくは殺人に関わった誰かが、この学校の職員にいるってこと……」

 

 流石に鼻っ柱の強さが物腰に表れている千恵理も、顔が青ざめている。

 

「あの……」

 

 思い切ったように、誠弥が声を上げた。

 

「平坂、先生は、あの……職員室で何かを感じないんですか……? 春休み前とは違うところがある……とか……」

 

 平坂は、額に指を当てた。

 

「外見上、特に変わったところはないんだよ。職員室で人を殺したりすれば、絶対何らかの痕跡は残って、隠蔽しても不自然な状態になると思うんだが、そういう様子はない」

 

 誠弥はうなずいて、ごくっと唾を呑み込んだ。

 平坂が続ける。

 

「会議室も、校長室もしかりだ。ただ、校長室の床のカーペットが、新学期に合わせて張り替えられていたのが気になるといえば気になるのだけど、これは前から予定されていたことだから、隠ぺい工作と言えるかどうか。偶然そうなった、ということは考えられるが」

 

「……校長先生が……!?」

 

 千恵理はぎょっとした顔をする。

 この学校の校長の糸井(いとい)は、およそ鷹揚な校長として知られており、そんな狂暴なことをするとは思えないが。

 

「……あの職員室や校長室前の寒さ、子供の頃通った、酷い事故の現場みたいな寒さでした」

 

 誠弥は、訥々と言葉を継ぐ。

 

「多分、職員室の先生方と、校長室の校長先生、両方が、人殺しに関わっていると思います……」

 

 誠弥は思い出す。

 昔、偶然通りかかった悲惨な事故現場で当てられた、黒くて冷たい空気の渦。

 あれが死の気配というのだろう。

 そして、あれは悪意の末の大量殺人だったのだ。

 人生に自暴自棄になった男が、車で集団登校の小学生児童の列に突っ込み、数人轢き殺した後、更に近くにいた別の大人も轢いていたのだ。

 そしてその後、ブロック塀に突っ込んで動かなくなった車を捨て、橋の上から飛び降りて自殺した。

 その全国的に報道された陰惨な事件の現場と、あの校長室職員室前の空気はかなり近い。

 無念の、理不尽の死という言葉で表現される、無残な死の気配だ。

 そこに近付くだけで、全身から生気のようなものが削られ、気分が悪くなるあの雰囲気。

 その場にいる訳でもないのに、誠弥はぞわりとした。

 

「校長と……職員室の誰か、か……」

 

 平坂は考え込んだ。

 

「いや……実は、職員としてはこういうことを考えるべきではないんだろうが、昨年度末くらいから、行方がわからなくなっている女子生徒なら、いるんだよ……」

 

 千恵理がかっと目を底光らせ、誠弥はぎくりとした顔になる。

 

「先生、それは!?」

 

 千恵理が勢い込んで尋ねる。

 ほんの一瞬逡巡した後、平坂は語り出した。

 

「二年二組になるはずだった、市原愛実さんという、陸上部所属の女子生徒なんだが。顧問の佐藤先生と今後のことについて相談した後、自宅前まで送られ、その後行方が分からなくなっている」

 

 千恵理は、誠弥と顔を見合わせた。

 誠弥の瞳孔が恐怖で収縮している。

 

「部活動で記録の伸び悩みのせいで、かなり悩んでいたらしくてね。そもそもスポーツ特待生として入学した生徒だから、そう簡単に部活をやめる訳にもいかない。だけど、本人はやめたがっていたらしいんだ……」

 

 佐藤先生本人から聞いたよ、と、平坂は付け加えた。

 佐藤先生も、警察でそう証言したらしいね。

 その言葉に、誠弥も千恵理も暗然とした顔を見合わせる。

 

「スポーツ特待生なのに、使えなくなったから、殺した……? まさか、そんなことで……」

 

「……スポーツ特待生とかよくわからないけど、入学許可は、校長先生が出すんでしょうか……」

 

 千恵理が呻き、誠弥が真っ青な顔でこぼすと、平坂は唇を噛んで腕組みした。

 

「しかし、警察でも、佐藤先生が市原さんを自宅前まで送って行ったことは事実として認めていて、その前提で捜査を進めていると聞いたよ。新聞にも、そう書いてあったしね。もし、本当に市原さんを自宅前まで佐藤先生が送って行ったのが事実とするなら、誰がいつ、どこでどうやって、市原さんを殺したんだ……?」

 

 流石に、誠弥の霊感では、この混み入った部分は解けない。

 彼にわかるのはただ、校長室と職員室の前で死の気配がする、それだけだ。

 

 三人全員が考え込んだ、その時。

 

 こつこつと、部室の扉が叩かれた。