9-9 スフェイバ王宮

 驚いたことに、空中戦艦シェイムーンが寄港したのは「スフェイバ王宮そのもの」だった。

 

 かつては難攻不落の「スフェイバ遺跡」として名の通った、星暦時代の霊宝族の遺跡。

 それを無害化し、王宮として再利用したのが、今のスフェイバ王宮。

 ここスフェイバに遷都した、ルゼロス王国の中心である。

 周囲には星暦時代の街並みを復元した都市が広がり、更に遠くには広々とした農地と牧草地が延々と連なっている。

 

 少し先の海に目を転じれば、霊宝族の技術を使用したのだろうと思われる漁船が、ゆらゆらと漂っている。

 この碧耀海ルゼロス側は、凶暴で大型だが、美味な海生物型魔物が多い。

 漁は、まさに戦いだ。

 ルゼロスの龍震族の戦士たちの中で、海を戦場と定めた者たちが、魔導式漁船をレンタルして、海に出ていくのだと、アンネリーゼは船旅の最中に教えられた。

 

「ようこそ、おいで下さいましたな、アンネリーゼ陛下」

 

 着岸したスフェイバ王宮のテラス、つまり、巨大な岩山を削って、テラス状の見晴台にしたその場所で、オディラギアスは王妃――今は正式には婚約段階だが――のレルシェントと共に、アンネリーゼ一行を出迎えた。

 アンネリーゼ、ラーファシュルズ、ウェルディネアの母子、そしてシャイリーン、カーダレナがそこに降り立つ。

 

 周囲には、正式に王の補佐官となったゼーベル。

 そして、ルゼロス王国から選び抜かれたのであろう王宮護衛士たち、並びにメイダルからの移住者であろう、霊宝族系の魔法戦士たちが控えていた。

 そして、不思議な肌色と金属パーツが肉体に付属しているのは、明らかに従僕型魔法生物(サーヴァント)だ。

 

「お忙しいところをご無理申し上げてまことに申し訳ありませぬ、オディラギアス陛下」

 

 ドレスの裾をつまんで挨拶してから、アンネリーゼは真正面から切り出した。

 

「じゃが、どうしても、お二方の結婚式の前に、あの一件のお詫びは申し上げたかったのじゃ。お恥ずかしいのじゃが、あの忌々しいミーカルめがしでかしたこと、本当にあの親書をいただいて初めて知りましてな、誠に肝を潰した次第」

 

 切々と訴えるアンネリーゼのこれは、ある意味しおらしく見える戦いだ。

 こちらが反省しており、謝罪のつもりがあると示さなければならない。

 さもなくば、ルゼロスは勿論、メイダルからも、本格的な技術供与を得られなくなる可能性があるからだ。

 メイダルがニレッティアを無視したくないというのは、まず自分たちの先祖が残した遺跡について、きっちり清算したいという意思の表れであろう。

 しかし、それと、全面的な技術供与が可能かどうかはまた別問題。

 もし、ニレッティアが自国民出身の者に危害を与えることを禁忌としない態度を取るなら、そんな危険な国に、メイダルはまともな技術供与などするはずもない。

 

「レルシェント陛下」

 

 アンネリーゼは、自分より年下に見える若い王妃の前に進み出、うやうやしくその手を取った。

 

「我が配下の行った非道を心からお詫びする。そして重ねて申し上げたい。今後、我がニレッティアは、霊宝族系の方々に対して、かような非道を許すつもりは決してないと」

 

 アンネリーゼの緑に煌く目が、レルシェントの宇宙のような果てしない青の目を捉えた。

 レルシェントの目に怒りはなく、穏やかな静けさが、目の前の女帝に向けられた。

 

「お気持ちは分かりました。事態を認識して下さり、そして謝罪のおつもりがあり、我が同胞を危険にさらすことを許さないということを確約して下さるなら、あたくしといたしましても、これ以上陛下とニレッティアの方々を責めるつもりはございません」

 

 その瞬間、アンネリーゼの中で何かが何かがほどけ落ちた。

 が、それよりも、という声がアンネリーゼの気持ちを引き締める。

 

「元々はニレッティアの国民であった、マイラーサヴィール公爵――ジーニックさんには、お詫びを申し上げて下さいませんか。政治的理由で兄弟との仲に決定的な亀裂を入れられ、あの方は傷付いたなどというものではないのですから」

 

 ほうっと、物憂げな溜息を、アンネリーゼは落とした。

 あの御用商人のマイラー商会の三男坊に過ぎなかった人物が、この異国ルゼロスにおいてマイラーサヴィールという新たな家名を授けられ、商業と物流の統括を任せられているだなどと、あの頃誰が予想しただろう。

 

「勿論じゃ、レルシェント陛下。そのことも含め、もろもろ清算するため、わらわはここにやって来たのじゃ」

 

 正確には、栄えある未来を掴み取るため。

 そのためなら、頭も下げよう、非も認めよう。

 あの親書から推察するに、ルゼロスの王と王妃は、ばらばらにされたものを元に戻したがっているのだ。

 今はそれが世界の潮流になりつつある。

 どんな波でも、熟練の船乗りのように乗りこなして見せよう。

 全てはニレッティアという船が、新たな大陸へと進出するため。