2-2 探索者たちの秘密

「……これは、そのような霊宝族の高貴な方に、このような略式の場しか用意しなかった非礼をお詫び申しあげる」

 

 オディラギアスは、改めて別の意味を込めて一礼した。口調も努めて変える。

 

「いえ、お気遣いなく。メイダルとこちら……ルゼロス王国は国交がある訳でもございませんわ」

 

 さらりと受け流したレルシェントだったが、それでもオディラギアスは緊張する。

 伝説の「あの」霊宝族だというのもあるが、その中でも王家の類縁というからには、少なくとも自分と同等の存在として扱わねばならないだろう。今、国交があるかどうかが問題ではない――この先のこと、も、あるし。

 

 背後の従僕たちは勿論、ゼーベル、そしてジーニックもまじまじと目を見開き、レルシェントの白い額から、確かに直接生えている宝石を凝視する。

 無理もない。

 彼らにとってみれば、神話やおとぎ話の中にしか存在しないようなもの――本当に生ける神が、目の前に立ち現れたようなものだ。ジーニックは情報を持ってきたし、ゼーベルだって覚悟はしていただろうが、実際目にした衝撃は、やはり違うのだろう。

 ただ、レルシェントの隣とまたその隣に並ぶ、マイリーヤとイティキラだけは、そうしたものとは異質の緊張感をみなぎらせていた。

 マイリーヤの瞳が強く底光り、イティキラは獣の下半身についた豹の尾が神経質に動いている。

 これは警戒の気配。

 自分か、もしくは近しい誰かが獲物にされかねない時の、血の味に似た思い。

 

「……いや、気遣わない訳には参らぬ、レルシェント殿下」

 

 オディラギアスは一瞬逡巡して、結局自分と同等の地位を示す呼びかけ――「殿下」を選択した。霊宝族の社会における尊称の基準が分からなかった、というのもある。そんな記録は、龍震族の元に残っていない。

 

「我らと貴種族の立場が分かたれてから、すでに三千年。この地は、かつては殿下の御先祖様方の土地であったやも知れぬが、今や状況が違う。お若い女性であらせられる殿下にとって、わざわざかつて対立した者どものいる地へ出向かれるのは、非常な困難のあったことと思う」

 

 慎重に言葉を選びながら、オディラギアスはじりじり話を進めた。

 

「確かにその通りですわ。実際、ほら、皆様、私が霊宝族というだけで、これだけ緊張しておられる。ですから、あたくしは霊宝族ということを隠し、旅の踊り子として、この地に参ったのですわ」

 

 周囲の緊張の中心にいながら、一人だけ無縁のようにリラックスして、レルシェントはゆるりと周囲を見回した。あの情熱的なダンスとは、また違った種類の舞のような、優雅な動き。

 

 恐らく――と、オディラギアスは推測した。

 もし万が一、この場にいる全員に襲われても、自分は簡単に返り討ちにできるという自信が、彼女の余裕を作り出しているのだろう。

 あの、物凄い魔法を見れば、それは推測どころか限りなく客観的な事実だろうとしか思えない。

 

「分からないのだが――殿下は、何故そのような面倒な思いをしてまで、このスフェイバの地へ? 遺跡を探っておいでのようだとの情報も掴んでいるが、あの遺跡にどういった用件があっておいでになられたのか?」

 

 オディラギアスは核心を突く質問を繰り出した。

 全ては、この疑問から始まった。

 

「霊宝族と思しき女が、他の種族の女二人と組んで、遺跡を探っている。目的は不明」

 

 レルシェントは、彼女の言葉をそっくり信じるなら、王家と類縁があり、宗教的権威を備えているらしい家系の娘だ。そのような立場の人物が、先祖の遺跡に近付く。不穏な想像をするなという方が無理であろう。

 

「あたくしは、ある探し物をしているのです。それが、あの遺跡に存在する可能性があるのですわ」

 

 あっさりと、レルシェントはそう答えた。

 マイリーヤ、イティキラが息を呑む気配。

 

「ちょ、ちょっと、レルシェ!?」

 

「大丈夫よ。誤解を招くようなことは言わないわ」

 

 マイリーヤに、レルシェントは微笑みかける。

 すぐに、オディラギアスに向き直った。

 

「とは申せ、その探し物自体は、この地にお住いの龍震族の方々始め、他種族の方々の安全を脅かすようなものではございません。――というより、恐らくあたくしども以外にとって、何の役にも立たないようなもの、ですわ」

 

 その言葉に、オディラギアスは勿論、ゼーベル、ジーニックまで警戒心を忘れて怪訝な顔をした。

 オディラギアスは別の面が引っ掛かる。

「あたくしども」。

 確かに、今レルシェントはそう表現した。

「あたくしども」というのがここにいるマイリーヤ、イティキラのことを指しているのだとしたら――状況的文脈的にそうだとしか思えないが――必ずしも、その「探し物」は、霊宝族だけを利するようなものではないことになる。

 

 分からない。

 よもや、先祖に対して他種族から加えられた危害への報復かとも推測したが、どうもそうではないとしか思えない。

 もしそんなものであったのなら、かつての大戦の折には人間族や龍震族に負けず劣らず霊宝族と激しく戦った、妖精族や獣佳族と組んでいるのはそもそもおかしい。

 

「申し訳ない、殿下、よく分からないのだが――」

 

 この際、困惑を隠そうとせず、オディラギアスはレルシェントに再度尋ねた。

 

「その探し物とは、具体的には何なのだ? 殿下は、殿下ら以外に何の役にも立たないもの、と仰るが、まさかそのようなものを、これだけの危険を冒してわざわざ? にわかに納得しかねるのだが……」

 

 むむぅ、と唸ったのは、イティキラだった。

 

「どうするよ、レルシェ。こちらの方々に、どう言ったら納得してもらえるんだろうねえ……あたいじゃ、思いつかないよ……」

 

 愛らしいが、鼻っ柱の強そうな顔を難し気に歪めて眉間を揉む。

 相変わらず尻尾は神経質そうにぴくぴくしている。猫を飼っている者なら可愛いと思ったかも知れないが、誰にもそんな余裕はなかった。

 

「あなた方の考えてることってさ、政治や商売のことでしょ? 太守様にその臣下、商人さんだもんねえ?」

 

 元気よく割り込んできたのは、マイリーヤ。

 

「だけどさ!! ボクたちの追求しているのはロマンなんだ!! だから、あなた方に得になるようなものではないけど、ロマンを追うボクらにとってはすっごい大事なものなんだよ!!」

 

 翠色の瞳をきらきらさせて、小さな拳を振るって熱弁するマイリーヤを、オディラギアス側の三人は呆気に取られて眺めていた。

 

「……レルシェント殿下、お連れの方々の仰っていることとは、つまり……」

 

 これはまずいぞと思ったオディラギアスは、レルシェントに説明を求めた。

 ふふっと、蠱惑的にレルシェントは笑う。

 

「つまり、実利、ましてや政治に繋がるようなものではない、ということですわ。あたくしどもの探し物は。おそらく事細かにご説明申し上げても、あまりの馬鹿馬鹿しさにお怒りになるか呆れ果てなさいますでしょう――このようなことで人騒がせな、と」

 

「いやいや、レルシェント様、そうとは限らないでやすぜ」

 

 困惑するオディラギアスに先んじて、ちゃきちゃきした口調で割り込んだのは、ジーニック。彼もさりげなく、レルシェントに対する口調を変えていた。

 

「どんなものが実利に繋がるかなんて、時が来るまで分からないもんでさ。例えばあっしら人間族が発明して広めた電気機械だって、最初は変人がいじくり回す妙なガラクタ以上のものじゃなかったんですぜ。ところが、それが今や世界を覆ってるでやしょう?」

 

 彼に困ったように笑いかけて、レルシェントは、再度オディラギアスを振り返った。

 もの問いたげなその顔に、彼女の笑みは深くなる。

 

「あたくしどもの探し物の正体は――そうですわね、『全自動占い機』とでも申しましょうかしら?」

 

 あまりに突飛なその答えに、オディラギアスは一瞬言葉を失った。