7-4 弁明

「あたくしが故国メイダルから、このルゼロス王国へ訪問させていただいたのは、星暦時代のあたくしども霊宝族の遺跡の調査のためですわ。そこに、特別な『遺産』が残されているという記録が、複数見つかりましたの」

 

 レルシェントが、滑らかな口調で、オディラギアスもろとも彼女のことも疑っているローワラクトゥン王、ダイデリアルス皇太子、グールスデルゼス王子に説明しだした。

 いつものように、歌うように快い、美麗な口上。

 この状況下にあっても揺るぎないその優雅さに、オディラギアスは改めてその胆力に感動した。

 

「実は、霊宝族の記録庫に、ある特別な力をもたらすとされる遺産についての記述があるのです。霊宝族の記録というのは、普通詳細が明瞭になるように書かれているものなのですが、しかし、何故かその『遺産』に限定しては、非常に記述が曖昧ですの。気になりましてね」

 

 レルシェントのその一言は、彼女を詰問する三人に、かなりの衝撃を与えたようだった。

 彼女の肢体を眺めながらにやけ下がっていたローワラクトゥン王の目にさえ、一瞬怪訝さの影が差す。

 

「その『遺産』とやらは、一体、どういったものだ? 具体的に申せ!!」

 

 皇太子ダイデリアルスが、殊更威圧するように申し渡した。

 太い尾が、ばしりと床を叩いて、話さなければ承知せぬぞと、言外に脅している。

 

「あたくしが調査いたしましたところでは、普通では手に入らない、特別な知識をもたらすものらしい……としか」

 

 滑らかな声で、レルシェントは「嘘ではないが100%本当でもないこと」を、愚か者たちに告げる。

 いつもの、内情を伝える訳にはいかない者に、不審を持たれないための最低限の説明を行う時のテクニックだ。

 

「申し訳ございませんが、それ以上の詳細が不明なのです。確かに記述があるのに、内容が不明瞭なために、わざわざこのように実地調査に参った訳ですわ」

 

 レルシェントとオディラギアスが事前に予想していた通りというか――

「知識」という言葉を聞いた瞬間に、王と二人の王子たちの目から、興味の光が消える。

 案の定。

 彼らは愚かなタイプの龍震族の常として、「知識」というものの重要性を、欠片も理解していない。

 龍震族の価値は、単純に力でのみ測られるものであって、知識など、生きるのに最低限の常識さえあれば事足りるという暗愚そのもののタイプである。

 

 オディラギアスとレルシェントの当初の目論見通り、彼らは「霊宝族の遺産」に関する興味を失った。

 

 例えばこれが「星歴時代の技術で造られた超兵器の在り処」などという、「力の誇示」に直結した情報であったら目の色変えたであろうが、単に「知識」とだけ伝えると、途端にその価値を理解しなくなる。

 武器だろうが兵器であろうが、結局「知識」を元に作り出されるものなのだが、彼らの短絡的なマッチョ脳には、その辺りの判断がまるごと抜けている。

 グールスデルゼス辺りは多少マシであったはずだが、それでもレルシェントの言葉の意味の裏など、まるで見抜けていない。

 

 オディラギアスは、ちらりと母親のスリュエルミシェルを見やった。

 国の記録文書管理という、今のルゼロス王国では全く重んじられないが、密かに重要な仕事に就いていた母のお陰で、知識というものの価値を刷り込まれているオディラギアスは、かような暗愚から免れていられるのだ。

 母スリュエルミシェルには、感謝しかない。

 この件が終わったら、レルシェントの提案通り、何としても安全な場所に逃がさねばなるまい。

 

「そして、その調査のために、あたくしは霊宝族の正体を隠してスフェイバ遺跡に立ち寄らせていただきました。そこで、偶然、オディラギアス殿下に正体を知られてしまいましたの」

 

 レルシェントは、ちらとオディラギアスの方を振り向き、説明を続けた。

 

「最初は、霊宝族が遺跡に接触しようとしているということで、かなり警戒されたのですが……その……色々ございまして」

 

 レルシェントがちらと自分の方を見て、頬を赤らめるのを見て、オディラギアスはこんな時なのに、微笑みが顔に上るのを感じた。

 

 実は、あの酒場で踊っている時に……視界の中でちらちらと目立つ白い龍に目を奪われていたこと、そしてその後、夜伽を迫られた時、断りはしたものの、ほんの一瞬、「この龍震族男性とそうなったら、どんな風だろうか」と心がぐらついたことを、後になって告白されたのだ。

 喜悦、などというものではなかった。

「そういう間柄」になってから寝床でそのことを告白されて、「もしあの時夜伽に応じていたら」という設定で戯れたりもしたものだ。

 

「夜毎にお情けをいただけるようになりましてから、『遺産』のご説明を申し上げ、決して敵意がないということの証明に、そちらの魔導武器を献上いたしましたらご納得いただけましたの」

 

 ほんのり頬を染めたレルシェントのこの説明は、正確に言えば時系列がおかしいのだが、この愚かな王たちを丸め込むには、この上ない説得力を発揮した。

 じっとりとした目でオディラギアスを睨む暗愚な王と二人の王子の頭からは、既に霊宝族の脅威など、蒸発しきったようだった。

 その代わり、別な光がその目に宿る。

 

「ほほう?」

 

 ダイデリアルスが声を洩らす。

 

「霊宝族の娘よ。この聖なるルゼロス王国の地に、無断で入り込んでおいて、我らが偉大なる王に、その出来損ないに献上した程度のものも献上できぬ、などとということはないであろうな?」

 

 皇太子ダイデリアルスが「正しく媚び」、ローワラクトゥン王が期待と満足を込めて破顔した。

 

 相変わらず父親に媚びるのが巧みだな。

 それ以外には何の取り柄もないが。

 

 オディラギアスはその冷淡な考えを顔に出さないようにした。

 

「誠に失礼ながら、ローワラクトゥン陛下」

 

 レルシェントが頭を下げ、さも残念だという声を出した。

 

「オディラギアス殿下に献上したような武器を造り出すには、我ら霊宝族の女神、オルストゥーラに祈りを捧げ、ある儀式を行う必要があります」

 

 ほう、とローワラクトゥン王が身を乗り出した。

 見たこともない強い武器が手に入ると思い込んで、期待に目を輝かせている。

 孫もいるような年齢だというのに、まるでおもちゃを待ち望む子供だ。

 

「しかるに、オルストゥーラ女神の意に染まぬ行いを普段からなしているような者には、いくら念入りに儀式を執り行っても、オルストゥーラ女神は祈りを聞き入れて下さいません――つまり、女神の教えに反する行いをしている者は、魔導武器を授けられないのです」

 

 ぎらっと、ローワラクトゥン王の目が光った。

 

「ほう? そなたは、余がオルストゥーラ女神の意に染まぬ者と申すか!?」

 

 恫喝を秘めたその声音にも、レルシェントは揺らがなかった。

 

「我が女神は、母性というものを非常に神聖視なさる女神です。逆に申せば、母性を軽んじるような行いをする者――子供ができるような行為を、相手への敬意もなく遊び半分に行うような者などは、決してその恵みに浴することはできません」

 

 その一言で、明らかにローワラクトゥン王、そればかりか、ダイデリアルス、グールスデルゼスの顔色まで変わった。

 

 この王家の王と王子たちの性的無軌道さは、目を覆うものだった。

 

 例えば、オディラギアスの母スリュエルミシェルのように、下級とは言え官吏の肩書を持ち、一応は「妾姫」と正式に認められている者は、まだマシな方であるのだ。

 

 メイドや、庭師、台所女や洗濯女などと言った、下働きの類の女性が、王や王子に目を付けられ、おもちゃにされても、「妾姫」の位を認めてもらえぬことがままある。

 そういう女性から手を付けた王や王子の子供が生まれても、その子供は「王族」と認められることは決してない。

 産まれるやいなや、名前も与えられずに、王宮から遠く離れたバウリ郊外にある孤児院に送られ、その後は一切顧みられることもない。

 劣悪な環境の孤児院で、幼くして死んでいく者も少なくないという。

 

 そして恐ろしいことには、ローワラクトゥン王、ダイデリアルス皇太子、グールスデルゼス王子の三人とも、ゲーム感覚でわざと下級の使用人女性に手を出し、子供を産ませ捨てることを娯楽として好んでいた。

 

 特に皇太子ダイデリアルスは、わずか十歳にして、自分の母親ほどにも年齢の離れたメイドの一人に手出しし、子供を産ませていた。

 無論、彼女に妾姫の地位は与えぬまま。

 子供は孤児院行きとなった。

 

 彼には三人の正式な貴族階級出身の妃がいるが、それぞれには一人ずつしか王子王女がいないのに対して、数人いる専属メイドたちに、妾姫の地位を与えぬまま産ませた子供は、合計すると二十人近くになるという爛れた生活をしていた。

 特に最初に子供を産ませた古株メイドには、その後も十人近い子供を産ませている。

 にも関わらず、彼女に妾姫の地位を与えるつもりはさらさらなく、ゲームのつもりで哀れな子供を量産する遊びに熱中していた。

 

 このことを思うたび、オディラギアスは自分がまだ運が良い方であるということを自覚する。

 そして、あまりにも穢らわしく堕落した王族の現状に、暗澹たる思いを禁じ得ないのだった。

 

「貴様」

 

 ローワラクトゥン王が顔色をどす黒くしたまま、玉座の肘置きを掴んだ。

 ぎろぎろした目が、涼しい顔のレルシェントに突き刺さる。

 

「かつて、我が龍震族に屈した敗残者の霊宝族の分際で、余に逆らおうというのか!!」

 

 まさに「逆ギレ」というべき状態のローワラクトゥン王に向け、オディラギアスは思わず一歩踏み出した。