7 推理の時間

「やあ、やあ、遅くなりました。それなりの情報が掴めましたよ」

 

「結構、この事件はまずいかもですね。どう当たればいいのかしら」

 

 礼司と紗羅が、連れ立って部室に戻ってきた。

 どうも、二人ともただならぬ雰囲気を漂わせているのに、誠弥はびりびりとした緊張を感じる。

 

「二人とも、お疲れさん。こっちは、大道くんの霊感で、かなり的が絞られてきた感じなんだが、そちらはどうだい」

 

 平坂が着席を促すと、平坂の横に礼司が、更にその隣の長机に紗羅が収まった。

 

「じゃあ、順番に報告してもらおう。まず、部長の黒猫くんから」

 

「はい。こちらは、運動部部室棟で、陸上部の二年生女子に聞き込んだことなんですが」

 

 礼司は、頭の中で言葉を整理している様子で、報告を紡ぎ出す。

 さらりと前髪を払う仕草が、妙に絵になる。

 

「陸上部に所属の、本来なら今頃二年生に進級していたはずの、市原愛実さんという女子生徒が、昨年度末くらいから行方不明になっているそうです。当然生死も不明なんですが、もしこの学校の関係者で死者になっている人物というなら、彼女くらいしか」

 

 平坂はうなずいた。

 

「それは、職員の間でも話題になっていたよ。陸上部顧問の佐藤先生が、警察で事情聴取を受けたりね」

 

「陸上部の部員たちによれば、その佐藤先生に、市原さんは記録の伸び悩みのことで激しく叱られていたらしいのです。僕は、この線から行くと、市原さんは、どこか人目につかない場所で、自ら命を絶った可能性があると踏んでいます」

 

 真剣な礼司の表情に、全員が注目していた。

 誠弥の心臓はバクバク音を立てる。

 隣に座っている千恵理が、勇気づけるように手に触れた。

 

「彼女が自殺の現場に選びそうな場所が、この場合は問題になるが……」

 

「はい。それも訊きこんできました。市立のNグラウンド近くではないかと。去年の夏休み、隣接するキャンプ場も借り切って、強化合宿もしたらしいですね。地図アプリで調べましたが、あのキャンプ場の周囲は深い山林で、自殺場所にはうってつけです」

 

 そこなのだろうか、と、誠弥はくらくらする頭で考えた。

 そこで無念の死を遂げた市原愛実は、そのまま悪霊化して、強烈な怨念で周囲の霊体を取り込みながら、まるで発達する台風みたいに、因縁の地となった学校に、近付いてきているのだろうか。

 

「あれ、でも、それだとちょっと誠弥くんの感じ取ったこととずれてないかな?」

 

 ふと、千恵理が口を開いた。

 

「誠弥くんの霊感には、佐藤先生だけでなく、校長先生もかなり深く関わっているって出てたのよ。黒猫部長の説だと、校長先生の関与がだいぶ薄くなるわ」

 

 そう言われ、礼司は顎に指をあてて考え込んだ。

 

「校長先生も怪しい……。確かなのかい、大道くん」

 

「はい。校長室前も、すっごく『寒い』んです。酷い人殺しの人がいるところみたいに」

 

 その言葉に、更に礼司が考え込むと、平坂がまとめた。

 

「黒猫くんの説も、説得力のある説ではある。しかし、恐らく何かが足りない。熊野御堂さんは、何か他のことは見つかったかな?」

 

「はい。求聞持聡明法を使い、新聞記事と照らし合わせて調べました。どうも、これは単純な事件ではないようです。明らかに複数によって、市原さんの死は、隠蔽されようとしています」

 

 誠弥がぎくりとした。

 思わずとなりの千恵理を見ると、彼女も不穏な気分を隠そうともすることなく、彼と視線を見かわす。

 

「ふむ。それはどういうことかな。求聞持聡明法なら、かなり深いところまでわかっただろうね?」

 

 平坂が、じっと視線を紗羅に注いだ。

 態度から、彼が紗羅のその呪法をかなりあてにしているのがうかがえる。

 

「順に説明します。まず、新聞報道では、市原愛実さんは二月二十七日の夕方、陸上部の顧問の佐藤幸男先生の車で、自宅の前30mほどのところまで、送り届けられたことになっています。近隣住人が佐藤先生の車を目撃しており、佐藤先生が車でその場所に出向いたのは事実ではあります」

 

 ふむ、と、平坂は鼻を鳴らした。

 

「出向いたこと自体は事実、というと……」

 

「ここからが、求聞持聡明法で『観た』内容になります。佐藤先生は、確かに車で市原さんの自宅前まで出向いてはいますが、その車に市原さん本人は、乗っていませんでした」

 

 きっぱりとした断言。

 声もない衝撃が、全員の間を走り抜けた。

 

「……それは、つまり、佐藤先生は『市原さんを家に送り届けた』というアリバイ工作のために、車で市原さん宅前まで行っただけ。あえて車を近隣住人に目撃させることで、警察を含む周囲に『佐藤先生は市原さんを車で自宅まで送り届けた』と信じさせた、ということかな」

 

 平坂の言葉に、眼鏡を持ち上げた紗羅はきっぱりうなずいた。

 

「そうなります。その夕方、市原さんが乗せられていたのは、別の車です」

 

 じわじわ黒い水のように染みてくる冷たい気配に、誠弥は身を固くした。

 隣で千恵理が固唾を飲んでいる。

 

「……その、車、というのは」

 

 平坂の、声が重い。

 

「……校長先生。糸井校長の車です」

 

 衝撃が、全員の間を突風のように吹き抜けた。

 

「……そして、その時点で市原さんは生きていませんでした。彼女の屍は……」

 

 続いた言葉に、全員が暗澹とした空気に押し潰され、沈黙した。