31 奇怪な襲撃

「来ましたねえ」

 

「わ、ほんとに来た」

 

「言った通りだったろ?」

 

 冴祥が感心し。

 百合子が思わず「傾空」を構え。

 真砂が指を立てる。

 

 妖精郷の上空は、地上にも増して空気が澄んでいる。

 大気の妖精エアリアルたちの領域である高空は、彼女たちが起こす風に揺られて、グレイディの飛空船は順調に飛行しているように見える。

 眼下には、緑の森と、少し行けば連なる丘を覆う緑の草原。

 

「月夜が原」を後にして、北西にある首都「常春の都」に向かう途中。

 グレイディの飛行船に乗り込んだ百合子たち一行は、やや速度を落として飛行して行く。

 すでに予想されていたことではあったが。

 

「ふむ。悪い意味で印象深いな」

 

 天名は、大きな翼で近づいて来る、その生き物を、そんな風に評する。

 

 それは、伝説の飛竜に似ていなくもない。

 膜状に見える翼、長い尾、長いくちばしの生えた首。

 しかし、飛竜ではありえない理由は簡単。

 それらの要素が、全て、濡れたグロテスクな菌類でできているように見えることだ。

 空飛ぶ化け物キノコ、悪夢の産物である。

 そんな生き物が十数体ほど隊列を組むようにして、嵐の雲よろしく、飛行船に近づいて来る。

 

「進行方向から近づいて来る……ってえことは」

 

 暁烏が自分の本体である太刀を抜き放つ。

 

「いや、俺がやる」

 

 舳先の方に進み出たのは、新しい神器たる籠手と具足を身に纏うアンディ。

 彼が戦いの構えを取っているのを空中で確認したかのように、キノコ竜たちが、口を大きく開き、輝く熱線らしきものを吐き出す。

 

 が。

 アンディが腕を振りかぶったのはそれよりも一瞬早い。

 まるで嵐の夜の霊のような、輝く球電が無数の星のように空中に現れる。

 熱線を飲み込み、さながら巨大な弾幕のようにキノコ竜に殺到する。

 

 一瞬のこと。

 

 輝く弾幕が通り過ぎた後は、そこにキノコ竜の姿は跡形もなかったのだ。

 

「凄い……神器って凄えな!!」

 

 アンディはあまりの神器の威力に目を輝かせる。

 

「なに、それは君の心からできたもの。凄いのは君だよ」

 

 真砂が、満足気にアンディの肩を叩く。

 

「お前の『友を護りたい』という想いはこれほどの威力を秘めていた。弾幕として優秀なのはもちろん、これは敵を追尾して確実に命中する。コントロール次第で、単純な戦いだけに使えるのではないかも知れんな」

 

 この神器を作った天名が、ふむ、と感心したかのように。

 アンディが生唾を飲み込む。

 

「……もしかして、犯人捜しに使えるか?」

 

「そういうことだ。王都に到着したら、活躍してもらうことになるだろう。神器をなるべく離さないようにな」

 

 天名に念押しされて、アンディはぎゅっと籠手を押さえる。

 

「ねえ、アンディって、その神器の名前は決めたの?」

 

 百合子が、尋ねると、アンディはにやりと笑う。

 

「今決めた。『ダス・アラブ』、百億、だ」

 

 アンディが籠手を叩くと、それは稲妻に照らされる嵐の雲のように輝く。

 

「ふむ、なるほど。一度に百億くらいの弾丸は撃ち出せるでしょうね」

 

 冴祥がナギを腕に抱えたまま、そんな風に感想を述べる。

 

「その神器を引っ提げて、王都に向かいましょう!! さっさと事件解決して、食べ歩きを!!」

 

 ニャアと鳴くナギを、全員が一斉に見る。

 

「君さあ、食うことしか頭にないのか」

 

 真砂が呆れたように突っ込むと、ナギは更にニャア。

 

「えー!! だって、今のキモ竜、王都の方角から来たでしょう!? ホシは、王都にいるんじゃないですか?」

 

 王都に入ってオベロン王に捜査の許可さえもらえば、もう解決したも同然ですよね!!

 ナギが更に楽観的過ぎる予想を口にすると、グレイディが近づいて来る。

 上着のポケットから、小さな麻袋を取り出し、入っていた妖精イチゴを干したものをナギの嘴に押し込んでやる。

 

「もぎゅもぎゅ……あまーい!! うんまーい!!!」

 

「……やる。ナギを大人しくさせといてくれ……」

 

 グレイディは、ナギのいつの間にか飼い主になっている冴祥に、干し苺の袋を手渡す。

 彼は、いつの間にか飛空船を停船させていたのだ。

 

 

「おお、この辺でやるんですか、浄化」

 

 冴祥に尋ねられ、グレイディはうなずく。

 

「……この辺り一帯は、王都と各地を繋ぐ街道が交差するところ……それに……」

 

「そうですね。この辺にも、キノコ獣の種菌を植え付けた森があるでしょうね」

 

 冴祥が仲間たちを見やってうなずき、グレイディが「月の刃」をすらりと抜いて、翅を広げる。

 

 グレイディは、船を空中停止させたまま、更に上空に舞い上がる。

 空気の精エアリアルたちが、彼を護るように取り囲み、彼の翅を風で押し上げ、上空への道を開く。

 

「……月の力よ……」

 

 グレイディが囁くように神器に呼びかけると、清浄な月のような淡い銀色が周囲に帳のように降り注ぐ。

 遠くで、何か奇怪な悲鳴が聞こえた気がしたが、グレイディは意に介さない。

 森の木々の緑が深くなり、森の中や平原で新しい花が芽吹くのを、グレイディは不思議な感覚で受け止める。

 一帯は、月の聖性で浄化されたのだ。

 

「……これでこの辺は大丈夫だ……」

 

 飛空船に降り立ったグレイディは、仲間たちにそう宣言する。

 

「これをあと二回くらい繰り返せば、『月夜が原』から王都までの道は浄化完了なんだな?」

 

 アンディが、眼下の濃い緑を見下ろす。

 

「でも、本当だったんだな。犯人の持っている種菌は、グレイディの力で浄化されてしまって使えなくなった、だから恐らく王都かその近くに逃げて、新しい種菌を取って来るはずだっていうのは」