9-11 女帝陛下の魔導武器とその効能

 星霊石を持ってきてほしい。

 それも、なるべく沢山。

 おいでになる人数分×資材入れの木箱一杯分程度。

 

 ルゼルス訪問に当たって、こんな条件を出された時は、意味が分からなかった。

 

 それでも律儀に、というか、何があっても備えるために、アンネリーゼたちはそれより少し多めの星霊石を、故郷ニレッティアからルゼロスに運び込んだのだが。

 

 こういう意図だったとは。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「――砂の声、太陽の微笑み、汀(みぎわ)の幻、朝凪の欠片――」

 

 レルシェントとアンネリーゼは、スフェイバ王宮の「儀式の間」にいた。

 頭上から幻想的な照明の煌きが降りるその神秘的な広間にいるのは、ルゼルス側の六英雄、そしてアンネリーゼ始めニレッティア側の訪問組。

 

 目の前に設えられた、凝った儀式用の台には、星霊石が小山をなしている。

 その目の前に、アンネリーゼはレルシェントと共に立ち尽くしていた。

 独特の抑揚の呪文を詠唱するレルシェントに手を取られ、アンネリーゼは、頭上に開いた天界への門というべき光の帳(とばり)に消えて行く星霊石を見送った。

 

 これが、魔導武器を授けられる聖なる儀式「星償の儀」。

 

 オルストゥーラ女神が、霊宝族ばかりか自分の教えに従う者なら種族関係なく授けると言われる、奇跡の武器を得る儀式だ。

 

 今、まさにニレッティア女帝アンネリーゼに対し、ルゼロス王妃レルシェントが星償の儀を施している。

 

「――聖なる門、女神の御手、今ぞ光ありて!!!」

 

 その詠唱が完了した時、光の帳の中から、ゆっくり優雅な杖状のものが降りて来た。

 

「アンネリーゼ陛下、さあ、魔導武器をお取り下さい!!」

 

 レルシェントに促され、アンネリーゼは「それ」に手を伸ばした。

 

 ……不思議な材質でできている。

 

 石材なのか、金属なのか、それとも骨のようなものなのか判然としない白く滑らかな柄は長く、凝った細工で彩られていた。

 一見実用的でないように見えるが、実は構えた時にしっかり保持できるように考え抜かれて施された凹凸なのだと気付くと、アンネリーゼの口から感嘆の呻きが洩れた。

 先端には、大きな最上質の宝玉がはめられている。

 それが確かに「ニレッティア帝国」の国章を象っていると識別できた時、アンネリーゼはたまらず声を上げた。

 

「これは……ニレッティア帝国の……!?」

 

 アンネリーゼの脳裏に、その武器の名が響いた。

 

 紅(くれない)の王笏(おうしゃく)

 

「これは……」

 

 同時に流れ込んできた、その王笏の使用方法、特殊能力に、アンネリーゼは息を呑む。

 これは、大軍をして不死身の軍団に仕立て上げる、覇王の王笏。

 味方を鉄壁の軍団に仕立て上げ、敵をして恐怖に敗走せしめる。

 それでも立ちはだかる敵には、神の火が襲い掛かるのだ。

 

「……これは……まことに……」

 

 アンネリーゼをして息を呑ませる。

 しかし、こういうものを元は仮想敵国の元首だったニレッティア女帝アンネリーゼに手渡すことに抵抗はないのだろうか。

 

「こんな強力な武器を譲るとは、いかなることか、と思っていらっしゃいますの? アンネリーゼ陛下」

 

 気配を読んだのか、レルシェントは柔らかく笑った。

 

「確かに『星償の儀』を行なったのはあたくしですけれども、最終的にこの魔導武器を陛下に下し置かれたのは、我が女神オルストゥーラですわ。陛下がかの女神の意に叶わぬお方でしたら、この王笏はここに存在してはおりません」

 

 それに、とレルシェントは付け加える。

 

「アンネリーゼ陛下には、既に我らルゼロス王国に敵対なさる理由はございませんでしょう? どちらかと申しますと、メイダルのことをお考えではございませんの?」

 

 くすくす笑われて、アンネリーゼははっとした。

 まさに――その通りだったからだ。

 

「その魔導武器を陛下が得られたということだけで、メイダルでは絶大な信用になります。今のところ、メイダルはアンネリーゼ陛下というお方に対し判断を保留していたというところだったのですが、これなら話を前に進めることでしょう」

 

 なるほど。

 これは、試験だったのだと、アンネリーゼは納得する。

 アンネリーゼがこれを得ることができたなら合格、出来なかったら不合格――ただし、そんな「失礼な」内容を、レルシェントはあえて予告まではしなかった。

 恐らく、試験の「正しい」結果を得るためだろう。

 

 少なくとも、今までの言葉から判断するに、メイダル的には、魔導武器を得た異国異種族の人間だというだけで、信用されるという訳だ。

 人智では計り知れない神の目に叶った者、という確固たる保証があるのだから。

 オルストゥーラ女神の創造物であるメイダル系の者たちに、決定的な害意はないと判断されるのだ。

 

「これで、陛下に、我が天空王国メイダルへ至る鍵はご用意いたしました。お望みならば、迎えの船もご用意できるでしょう」

 

 さらりと、レルシェントは断言した――アンネリーゼが望んでいた、そのことを。

 これが彼女の、そして彼女の夫の、更には仲間たちの総意だと、アンネリーゼは理解した。

 彼女らはアンネリーゼとニレッティアにも、新しい世界への鍵を用意してくれたのだ。

 アンネリーゼも、すでに舞台に上げられていたという訳だ。

 舞台に上がろうと、あがく必要はさほどなかったのかも知れないが、今はそれを確かめる必要もなかろう。

 

「さて、皇太子殿下と皇女殿下、そしてお供の皆さまにも、魔導武器をお分けいたしましょう」

 

 アンネリーゼの背後で目を輝かせている一行を、レルシェントは穏やかな目で見渡した。

 

「終わったら、昼食にいたしましょう。ルゼロスの美味を味わっていただきたいですわ」

 

 ……聞くところによると。

 全ては、このレルシェントから始まったのだという。

 彼女こそ、新しい世界への扉。

 この大いなる「神々の遊戯場」において、そういう役目を与えられた人物なのだろう。

 

 悪戯っぽく笑う彼女に、アンネリーゼは、できることならオディラギアスではなく、うちの息子に先に出会って欲しかったという痛恨の想いを抱き。

 

 直後に、辛抱たまらず「星償の儀」についてのあれこれを機関銃のように質問責めに突っ込んでいったカーダレナを止める破目になったのだった……