4-1 宇宙の旅

「うおおぉおおぉ!! 動いてる!! 星が流れていく、宇宙船だ!! 動いてるよ!! アニメとかでしか見たことなかった凄ぇええぇえ!!!」

 艦橋のメインモニターの前に貼り付いて、ゆっくり流れる流星雨のように、中央から画面外へと流れていく星々を眺める棘山に、主の冴はじめ周囲の面々は苦笑した。

 

 それは、紛う方なく「宇宙船」だった。

 大きさは、地球の希亜世羅たちが暮らしていた国の基準で言うなら、小さめの町一つほどもある。

 星座を写し取ったように黒くキラキラ光る(冴たちにとっては)未知の素材でできており、まるで地球上に棲息する、ある種の昆虫のように、ずんぐりした有機的な形をしていた。

 地球でいう「船」と似ているのは、艦橋に当たる部分はあり、そこに大きな観測窓が存在していることだ。

 無論、「この宇宙」の星間物質からの防護障壁は宇宙船全体に展開されており、観測窓そのものが星間物質の衝突に曝される訳ではない。それでも、窓からは雄大な宇宙の光景が一目瞭然になる訳で。

 

「わわっ!! 何か今、あの星バクハツしませんでした!?」

「何か星から伸びあがったような……なんだありゃ……」

 何せ、21世紀初頭に生きていた地球は日本の元・地主神と、元・地球人類である。

 連れてこられた「この宇宙」に関する知識どころか、そもそも「宇宙船で宇宙を航行する」などということ自体、本来の人生であったら一生無縁だった可能性が高い。

 かくして、人間形態の棘山、そして最初こそはクールに振る舞っていた冴まで、今や観測窓に貼り付いている――冴にはまだ自制心が感じられるが、棘山の方はお上りさん丸出しといった風情である。

 

「どーお? 私作の宇宙、気に入ってくれた?」

 女神形態の希亜世羅が、ひょいっと横から冴を覗き込んだ。

「ん……ああ。こういうの初めてなもんでな……凄ぇな。あの星から噴き出して、周りの惑星にぶつかってるやつ、なんなんだ……?」

「あー。あれね?」

 希亜世羅はふふっと笑った。

 彼女と冴の目の前の観測窓の向こうで、引き伸ばされた後光のような光の筋が、輝く恒星――に当たるもの――から砲弾のように放たれ、正確に周囲を巡っている惑星――に当たるもの――にぶち当たり、吸い込まれていく。

「あれはね……『星の夢』と呼ばれているものだよ」

「……えらく……ロマンチックな名前なんだな?」

 何やら小難しい科学用語じみた言葉を覚悟していた冴は、そのこっぱずかしくなるようなロマン溢れる名称に、明確に困惑を滲ませた。

「ま、通称だけどね。知性がある住人が住む惑星だと、色々な名前がついてる。でも、『星の夢』が、ある意味一番正確だと思うよ。確かにあれ、『星の夢』――『恒星から惑星に与えられる、夢子と魔子と共鳴子』なんだよね」

 冴は考え込む。

「……それって確か、お前の作った宇宙の基本になってるっていう……」

「そう。同時に、この宇宙に、冴くんたちの世界で言うなら魔法とか妖術とか、そういったものを引き起こす根幹になるものでもあるの。私の作ったこの宇宙は、存在しているもの、全部、冴くんたちのいうところの魔法とか術とか、そういったものでできてるんだよ。ここの恒星は魔法の力を発生させ、それを惑星に分け与える。他のものにもね」

「マジか……」

 冴は思わず、目の前の宇宙船のコントロールパネルに触った。ボタン類と思しきものには触れないように、ごつい甲殻の腕を滑らかな表面に滑らせる。

「これが、全部術の類でできているだと……」

 

 冴の常識として、術というものは、何かしら有効な依り代に定着させないと、なかなか現実に大きな影響を与えることは難しい代物だ。

 ゲームの中のそれのように、ボタンさえ押せば巨大な雷や炎が、数m離れた壁かけに焼け焦げも残さず、敵集団だけ殲滅させる、などという都合の良いものではない。

 それに近い使い方が全くできない訳でもないが、それには果てしない修練と、特別に仕立て上げられた道具というものがいる。

 高等な術の中には、念じたものを実体化させるなどというものも存在するが、天才と謳われた冴ですら、その術は身に着けていない。

 ましてや全部が全部、術の塊でできた宇宙船などと。

 周囲を取り囲むこの全てが「術」。「魔法」の類。

 骨蝕との戦いでは実感として感じられなかったその驚天動地の事実に、冴は改めて空恐ろしいものを感じた。

 

「冴くん……?」

 希亜世羅の白い手が、そっと冴のごつい手に触れた。

「……怖く、なった……?」

「いや」

 自分でも思いがけないほど強い否定の声が出るのを、冴は感じた。

 少し不安げな希亜世羅に微笑みかける。

 もう、方針は決まっている。

 こいつを守ってやるのだ。

「ちょっとびっくりしただけだ。凄ぇな、ここ。願えば全てが現実になる世界か」

 冴に生きていた世界では、「創造の神」クラスの者たちは、不思議な矛で海を掻き回したり、巨大な怪物と戦ってその体を引き裂いたり、命令の言葉を口にして森羅万象を作り出したが、ここでは「在るべし」と念じるだけ、という訳だ。

 

 ま、骨蝕が希亜世羅を狙ったのも分かる。

 そりゃあ、そんなお手軽便利で画期的な力、目の前にぶら下げられたら、欲しくもなろうというもの。

 

 客観的に見れば、希亜世羅の自業自得と言える。

 むしろ、それが「まっとうな見方」というものだろう。

 他の宇宙から侵略、などというとんでもないことをしなければ、希亜世羅はそもそも冴たちの元いた宇宙の神々に目を付けられることもなかっただろう。

 

 だが。

 冴は、希亜世羅に対してそこまで突き放した見方をすることは、すでにできなくなっていた。

 

 確かに、こいつは昔悪事を働いた。

 だが、反省している。

 人間の女の子として暮らして、「普通の人間」としての視点だって手に入れた――だから、俺とも惹かれ合った。

 もう、こいつが悪事を働く理由はない。

 俺が側にいる限りそんなことはしないと、こいつは俺の目を見てはっきり言ったのだから。

 

「なあ、希亜世羅」

 冴はふと振り向いて、彼女の肩に手をかけた。

「お前、もし、元の力を手に入れたら――お前でなくなったりするのか?」

 真剣なまなざしに、希亜世羅は震えた。

「そんなこと、ない。私の主人格は、ここにいる私自身なの。だから、これから取りに行く『力』の方が、私に付け加わるだけだよ」

「そう、か……」

 その理屈は前にも説明されて理解していたつもりだった。

 だが、冴は不安になる。

 一つの多宇宙を創造してしまえるような絶対的創造神の力を取り戻したら、俺が触れている、この希亜世羅は――妙羽と名乗っていた、あの少女は……

 

 ふと、妙な視線に気付いて、冴は希亜世羅の背後を見やった。

 ニタニタ笑いの棘山、そして伽々羅が、遠慮の欠片もなくこっちを観察していた。

 

「ん? どーしたにょ、その先は? うりうり」

「俺らに遠慮しておられるんですかい? いやそんな俺らは遠慮されるほどのモンじゃあ」

 んじゃ、思いっきり無遠慮に観察すんなっ!!

 怒鳴りかけた冴は、軽やかな莉央莉恵の咳払いによって中断された。

 

「皆さん、ご注目っ!! 改めて今回の作戦、この輪海宇宙《りんかいうちゅう》に秘められた『女神の封印』解除の旅についてご説明申し上げますっ!!」

 

 一段高くなった壇上で、莉央莉恵が幾つもの空中投影の映像を展開させた。

 星間地図、そしてどこか目的地について。

 あの奇妙な形は……惑星なんだろうか?

 

「皆さん、我らがこれからこの『女神の花籠』号で向かうのは――この、惑星クレトフォライです!!」

 

 びしっ!! と指示棒で示されたその奇妙な形の惑星らしきものを見て、冴はぞくりとするものを感じた。