物事には、受け止めるタイミングというものがある。
そう、大司祭ミスラトネルシェラは告げた。
どんな真実でも、タイミングによっては愚にもつかない嘘や、有害な情報や、役に立たない戯言になってしまうことがある。
しかし。
正しい時に受け止めるなら、それは新しい場所への扉なのだ。
この天空の魔法王国の精神的指導者は、六人の英雄たちを前にそう告げた。
◇ ◆ ◇
「あのっ……!! その話は本当なんでやすかい!?」
ジーニックが、座っている椅子から体を浮かすようにして勢い込んだ。
「あっしらが探してる『全知の石板』がこのメイダルにあるかも知れないって……どういうことでやす!?」
六人がレルシェントの母にしてメイダルの大司祭ミスラトネルシェラと会見していいるのは、アジェクルジット島の大神殿の一室。
重要な話し合いが行われるために設けられた、広い会見室だ。
普段は宗教的に重要な会議などが行われるその一室、そして大人数が着席できるテーブルに座しているのは、六人の選ばれた英雄たち。
そして、彼らをこのアジェクルジット島のオルストゥーラ女神信仰の総本山に呼びつけた、大司祭ミスラトネルシェラ、そしてその娘にして後継者、筆頭巫女姫アミニアラジャート。
両者は向かい合い、うっすら血の気の引くような緊張感の中にいた。
地上で言うならステンドグラスに相当する、魔法硝子ブロックを通じた艶麗な光も、その緊張を和らげる役に立ちそうもなかった。
「えっ、ちょっと、どういうことなの!?」
イティキラがたまりかねたように声を跳ね上げる。
メイダルの家具の類は魔法がかかっていて、種族ごとに最適な形に変化する。
だが、ゆったりした猫ベッドみたいな形になった椅子に抱えられても、彼女の動転は収まりそうにない。
「おかしいでしょ!? レルシェって、『全知の石板』を探すために、苦労して特別な許可をもらって、メイダルから地上に降りて来たんだよね!? その、探してるはずの石板が、実はメイダルにあるって……ええ!?」
ほとんど怒りと驚愕に、宝石の瞳を輝かせているのはマイリーヤだ。
「どういうことなの!? レルシェって、石板について長いこと大真面目に調べていて、存在するんじゃないかって可能性の根拠とか色々集めて、苦労して何とかメイダルの外に出る許可もらったんだよね?」
彼女は言葉を、友達の母親に叩き付けた。
「石板なんて最初からメイダルにあるって知ってて、なのに大司祭様って、自分の娘の努力をただ見てたの!? 無駄だって知っていたのに!?」
酷い、と思わずマイリーヤは叫ぶ。
「……いくら何でも。酷すぎやしねえかい、大司祭様よ」
不快を滲ませた唸り声で、ゼーベルが突きつけた。
「多分何かの事情はあるんだと思うが、それにしても、生涯かけた研究ってくらいに自分の娘が捉えてるものを、横目で見て笑ってるってのは、聖職者として、そして母親としてもどうなんだ!?」
当のレルシェントは、呆然や怒りというより困惑していた。
母親が、この国の信仰を束ねる大司祭ともあろう者が、そんな悪意のあることをしようはずがない。
本当にそんな人格であったのなら、自分の前にオルストゥーラ女神自身の怒りを買うであろう。
ならば、何故。
その思いはオディラギアスも同じだった。
ミスラトネルシェラがそんな人格だとは信じられない。
何か、訳があるはずだ。
「レルシェ、皆さん、違うのです。知っていて、わざとレルシェを危険な旅に送り出した訳ではありません」
ミスラトネルシェラが悲し気に溜息をついた。
「この預言は、レルシェが旅立って少ししてから、わたくしに下されたもの。わたくし自身が、本当に驚いたのです」
一行は顔を見合わせる。
それなら理解できる。
まともな母親がいきなり娘を騙し、死地かも知れない場所に送り込んだと考えるより、そちらの方がずっと筋が通る。
「……でも、母様。あたくしは『全知の石板』のことならあらゆる手段で調べたけれど、このメイダルにあるなんて情報は、どこにもなかったわ。もし、ここにあるなら、例えば母様や女王陛下は、最初からその存在を知っていたのではないの?」
困惑しきりなレルシェントの声に、再度その母は首を横に振った。
「そうではないのよ、レルシェ。わたくしも、代々の女王陛下も、このことは知らなかったの。だって……」
彼女はここで一拍置いた。
「『全知の石板』はね、レルシェ。『神々の遊戯盤』にある。そう、預言が下されたのよ」
誰もが言葉の意味を取れずぽかんとする中、レルシェントだけが息を呑んだ。
「『神々の遊戯盤』……!? そこに取りに来いという預言、ということ?」
ミスラトネルシェラはうなずく。
「『メイダルの奥、神々の遊戯盤へ来るべし。世界の命運を託す六人に、使命を与える』という神託が、私に。……できればこれは伝えたくなかった。だけど……」
ふう、と重たい溜息が色っぽい唇から洩れる。
「あ、あの、レルシェのお母さん? 『神々の遊戯盤』って何なの? 遊戯場じゃなくて?」
マイリーヤが息せき切って尋ねた。
この世界の名前自体は「神々の遊戯場」。
「神々の遊戯盤」とは、微妙に違う。
一体なんのことか、レルシェント以外に意味の取れた者はいない。
「……ここ、メイダルには、選ばれた時に星宝神オルストゥーラ及び世界の主宰神遊戯神ピリエミニエに関する試練を受けるための、特別な場所がありますわ」
ミスラトネルシェラが、ゆっくりと語り出す。
「主に神々に属する知識を得ることを願う者が挑戦する試練場、それが『神々の遊戯盤』と呼ばれるものです。小さな小島の姿ですが、そこは特別な空間になっておりまして、オルストゥーラ女神、もしくはピリエミニエ神に特別に許された者以外は侵入できない仕組みになっておりますの」
その後を受けたのは、レルシェントの姉、アミニアラジャート。
「本来、人類には下されぬ種類の預言や知識を、試練を通過することを代償に受け取りに行く、といった使われ方をいたします。しかし、今回は少し違っているようです」
他の五人ばかりか、レルシェントも怪訝な顔を見せる。
「姉さま、どういうこと?」
「こちらは、わたくしの神託。あなた方六名の『世界の命運を託す者』に、その扉を開くという神託がありましたのよ。『六人全員が揃わぬ限り、試練がその扉を開くことはないであろう』ともね」
「……六人で?」
レルシェントは怪訝を通り越して不審な表情だ。
そして、仲間たちに向かい、普通は「神々の遊戯場」は、神々の力を求める決意を固めた、一人の者が向かうものであるはず、と説明する。
「うむ。考えてみれば、筋は通っている」
オディラギアスが鋭い視線で考え込んだ。
「悪用されたら大変なことになるような秘宝を、地上に置き去るというのが、そもそも不思議な話でな。例え、霊宝族の方々がやむを得ぬ事情でそうなさっても、オルストゥーラ女神がそれを放っておくかと思うのだ」
「ああ……普通に考えて、回収するでやすよね?」
ジーニックが思わず手を打つ。
「すると、その女神様が回収したことを信者どもには知らせなかったから、メイダルにもまともな記録が残ってなかったとか……そういう話なんだな?」
ゼーベルは納得した様子だ。
「あー、もー。怒ったりほっとしたりで疲れたよ。さっさとそのナントカ盤だかに六人で取りに行こっ!!」
イティキラがむうっと頬を膨らませる。
「だねー。結局、今までの遺跡探検と同じ感じかあ」
なんだなんだと、マイリーヤが頬を緩めた。
しかし。
「残念ながら、そんな簡単なことではないのです」
こんな悲し気な声でも妙に美しいアミニアラジャートが微かな溜息を落とす。
母親ミスラトネルシェラに視線を向けると、彼女がその言葉を引き取る。
「……『神々の遊戯盤』に挑戦した者の、全てが無事帰還できる訳ではありませんの。中には、赴いたはいいものの、二度と帰ってこなかった者の記録も残っておりますわ。そもそも、『神々の遊戯盤』の中身がどうなっているのか、正確にはわからないのです」
その言葉に、びりりと来る緊張が、一行の間を走り抜けた。