9-1 マディーラウスの混乱

 マディーラウスは、混乱していた。

 

 そもそも、中央で何が起こっているのか、「事実」を聞かされてもさっぱり理解できない。

 

 始まりは、そもそも信じられぬことだった。

 あの父王には絶対服従の皇太子、ダイデリアルスが、父王ローワラクトゥンに斬りかかったというのだ。

 ローワラクトゥン自身は軽症だったが、無論それで収まるはずもない。

 ダイデリアルスは処刑された。

 

 この事件が、ルゼロス王国に落とした影は巨大だった。

 ダイデリアルスを担いでいた勢力――母皇后メリテリスレア、そしてその実家のブドゥルネーテ家、それ以外の幾つかの貴族家も粛清された。

 庶民レベルでも大いに噂になり、一体どうしてそうなったのかという様々な憶測が乱れ飛んだが、ダイデリアルス本人が訳の分からぬことを口走るばかりで、最期まで何も言わなかったことから、推測は推測のまま、無責任に宙に漂っていた。

 

 次いで起こったのが、警察権を握る次期皇太子グールスデルゼスによる、大規模な王族の告発と粛清だった。

 

 ダイデリアルスの裏切りに疑心暗鬼になった父王ローワラクトゥンの厳命とは言え、それは苛烈を極めたものだった。

 多くの王族――それも、王位継承権を持つ王子たちが、隣国ニレッティアのスパイ容疑を着せられて、次々に粛清されていった。

 

 いや、王子ばかりではない。

 本来、王位継承権を認められない王族女子――王女たちまで、疑わしいとみれば粛清されたり、良くても遠隔地に流されたり、幽閉されたりした。

 

 このまま、グールスデルゼス以外の王族がいなくなってしまうのではないかと疑問を抱いていた矢先、ローワラクトゥン王と、ダイデリアルスの怒りの矛先が、よりにもよってスフェイバに向かったのだ。

 

 スフェイバに、オディラギアスと母妾姫スリュエルミシェルが匿われているのではないかと、彼らは疑っていた。

 

『マディーラウス。そこに、オディラギアスがいるのであろう?』

 

 まさに地の底から響くような声で、新皇太子グールスデルゼスは、全く訳の分かっていないスフェイバ太守家令のマディーラウスに詰め寄った。

 電話越しにでも、ぞっとするような声だった。

 

 マディーラウスが重ねて否定すると、ならば、と彼は言った。

 

『父王陛下率いるルゼロス正規軍が、スフェイバに向かう。奴が今いなくても、いつかは戻って来るであろう。待たせてもらうぞ』

 

 その声に暗澹とした矢先。

 別の異変が、スフェイバの地を襲った。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 それは、輝かしい巨体を誇っていた。

 

 辛うじて地上の民の概念に直すなら、輝く金属でできた、空飛ぶ船であろうか。

 

 それが五隻ばかり、空を覆いながら、スフェイバ上空に姿を現した。

 驚き惑うスフェイバの民に、その船から聞き覚えのある声が響いた。

 

「我が民よ。私はスフェイバ太守、オディラギアスである。友誼を結んだ魔法王国メイダルの助力を得て、こうしてこの地に帰ってきた」

 

 まるでそれぞれ個々人の耳元で声を張り上げているような、不思議な聞こえ方のその声は、確かに上空低めに浮かぶ空中戦艦からだと、何故かはっきり分かった。

 

「そなたらも知っての通り、ルゼロス王国中枢は腐っている。もはや、どうにも手の打ちようがない。私は彼らを粛清し、新政権を樹立、この国を立て直すつもりだ。そなたらは、それを見ていてくれればいいのだ」

 

 それは、武装した中央軍を満載した機関車が、スフェイバに辿り着く直前のことだった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「さて、私の呪詛は、上手く行ったようだね?」

 

 くっくっと喉を鳴らす、その霊宝族の男を、マディーラウスは悪夢を眺める面持ちで見やった。

 

 スフェイバ城塞、太守の会見室。

 そこに集まったのは。

 

「流石お父さんの呪詛ね。ルゼロス王族の方々で有力な者はほとんど残っていないらしいわね」

 

 あの、この出来事の発端となった霊宝族の女。

 レルシェントと言ったか。

 

「普通の武器の兵士さんじゃあなあ。ボクまで固めてくることなかったかも」

 

「そう言うな。窮鼠猫を噛むってな」

 

「鉄道、途中の駅で止まってるって? ヘボイな、正規軍」

 

「致し方ないでやんすよ。あっしらだって、こういうのが頭の上に浮いてたら」

 

 あの四人、そして。

 

「マディーラウス。そなたに話さなければならぬことがある」

 

 何だか一回りも大きくなったように見える、オディラギアス。

 

 そして。

 

「さて、僕の呪詛の、いよいよ実戦投入かぁ。腕が鳴るぜ」

 

 銀髪に、不思議な翼めいた紋様の額の石を見せる霊宝族の若者、カーリアラーン。

 

「あたしの召喚術なら、あのくらいの数、どうってことないわ」

 

 眠そうな声でも華やかさに変わりない、ドニアリラータ。

 

 この二人は、あのレルシェントの兄弟姉妹という。

 

 そして。

 

「君には、私から話がある」

 

 妖しい紫色の瞳、一刻もとどまらず幻映し続ける夢黒石を額に持つ、顔を半ば隠しても美男と分かる、その男。

 レルシェントの父、ナルセジャスルールだ。

 

「マディーラウス君といったか。君が、オディラギアスの身辺に潜り込んだスパイだね?」

 

 マディーラウスは目を見張った。