1-3 セッション

「……私は、アマネ。天狗のアマネだ。母は、天狗の祖神である、天逆毎姫神《あまのざこのひめのかみ》。今回の事件は、母の命で捜査している」

 

 それなりに気の利いた、カラオケルーム。

 あの事件現場から遠く離れて、ようやく人心地ついたのは、ネットカフェに併設された、完全防音のカラオケルームの中でである。

 飲み物と軽食を頼んだだけで、アマネと名乗る天狗は、布張りのソファにヴィーヴルと並んで座る。

 

 とはいえ、すでに二人とも人外の正体は隠している。

 

 アマネは、翼と飾り羽を引っ込めただけではあるが。

 真紅の髪といい、派手な和装といい、恐らくコスプレイヤーと思われていそうだ。

 

 翻って、ヴィーヴルは、色気が零れ落ちそうな、スーツ姿の金髪美女となっている。

 あの大人しめな「中屋敷翠子」だとは、誰も気づくまい。

 まとめた金髪を横に流し、黒ストッキングの長い脚を組む。

 

「へえ、超お姫様じゃないの。あたしは、エヴリーヌ。ご存知の通りヴィーヴルよ。純粋なんじゃなくて、父さんは日本の旧い神様なんだけどね?」

 

 鼻にかかった甘い声で、ヴィーヴルのエヴリーヌはそう自己紹介する。

 

「と、いうことはお前の親も日本にいるのか」

 

「ううん。母さんは父さんと一緒にフランスに帰ったわ。あたしはあれこれあって、しばらく日本にいるだけなの」

 

 アマネの質問にさらりと答えつつ、エヴリーヌは、ふう、とため息。

 景気悪いし、いつまでいるかわかんないけどね、と付け加える。

 

「……お前があの時言っていたな。『マリー=アンジュ』と。それが、今、日本のあちこちで騒ぎを起こしている魔宝珠《まほうじゅ》という訳か」

 

 アマネは特に前振りの必要性を感じなかったようで、ずばり核心を突く。

 エヴリーヌはソファに身を沈め、ため息。

 

「そうとしか思えないわ。『マリー=アンジュ』はね、あたしの母さんのところから盗まれたの」

 

 その言葉に、ウーロン茶をあおっていたアマネがふと顔を向ける。

 

「元々は、お前の一族の財産だったという訳か。魔法の達者であるヴィーヴルが大事にする秘宝なら、さぞやすさまじいものであろうよ。あれは、序の口といったところか」

 

 アマネは考え込む様子。

 

「もちろん、悪用されては大変だっていうのもあるわ。今回みたいにね。でも、なにより大事なのは……『マリー=アンジュ』は、あたしの祖母に当たる、伝説のヴィーヴルの額の宝石だったってこと。おばあちゃんの形見なの」

 

 淡々とこぼしたエヴリーヌを、アマネはまじまじと見据える。

 

「……そういうことか。悪かったな。無神経な言及であった」

 

 素直に謝るアマネに、エヴリーヌは人が悪そうに笑って見せる。

 

「あなたのそういうところ、可愛いわ。あなただから教えてあげる。おばあちゃんは、この世にある魔法なら、大体使うことができる、伝説のヴィーヴルだったわ。戦いに巻き込まれて亡くなってなかったら、今でもヴィーヴルの頂点として君臨してたでしょうね」

 

 私は会ったことがないけれど、と洩らすエヴリーヌをアマネはじっと見据える。

 防音の完全に効いた室内に聞こえるのは、互いの話し声と、グラスの鳴る音。

 

 ヴィーヴルとは、フランスを発祥とする、人外種族である。

 ドラゴンとも、妖精とも、精霊とも言われる。

 コウモリの翼に、鳥の脚。

 曲がりくねった角の先端、もしくは額に、膨大な魔力を秘めた宝石が掲げられている。

 何故か男性はおらず、全員が女性という種族なのだ。

 その象徴たる宝石の示す通り、彼らは旧く大いなる魔法を使いこなす。

 

「『マリー=アンジュ』というのも、祖母君のお名前という訳だな」

 

「そういうこと。ヴィーヴルに限らず、フランスの人外だったら、大体知ってる名前よ、今でもね」

 

「……ということは、有名だった。恐らく、何かのツテで、日本にもその高名が伝えられるほどに」

 

「多分そう。日本の良からぬ人外のうち、誰かが、伝説のヴィーヴルの遺した、膨大な魔力を発する青いダイヤモンドのことを知った。そして、フランスに渡り、見事な手腕で奪い去った訳ね」

 

 感心するわ。

 そう呟くエヴリーヌに、罰の悪そうな複雑な表情を見せてから、アマネは突っ込んだ質問に移る。

 

「祖母君の形見を、奪い去った曲者は、どんな者だかわかっているのか? 目撃者は?」

 

 畳みかけるアマネの目をまっすぐに見て、エヴリーヌは首を横に振る。

 

「それがね。いつもは、銀行の貸金庫に預けてあるのだけど。月一くらいで、両親が揃って、確認に行くのよ。……で、ある時確認したら、いつの間にか、『マリー=アンジュ』は精巧なニセモノとすり替わっていたという訳」

 

「……いつ、誰が盗んだのかも、わからない、ということだな。銀行の隠し金庫から、か……」

 

 幾つか方法を思いついたらしいアマネに、エヴリーヌは更に首を横に振る。

 

「金庫そのものに、母が術をかけててね。単に、鍵で開けただけでは、開かないようになっているの。術で中身を取り出すのも、同じように母の術が防止してるわ」

 

 なにせ、伝説のヴィーヴルの娘だもの。

 彼女の術も大したものなのよ。

 それを無効化したの。

 かなりの使い手が盗んだということ。

 

 筋道立てて説明され、アマネは愛らしい顎に指をあてて考え込む。

 そこまでの使い手。

 日本は人外が比較的多い国ではあるが、そこまでの使い手となると、それなりに数は絞られる――それでも、しらみつぶしにとはいかぬ数に上るのが、悩ましいといえば悩ましい。

 

「……すでに、祖母君の形見を悪用したと思しい事件は、日本で何件も起きている。今回の件もそうだ。日本全国で起きているが、特に東京に集中しているな。首都機能がマヒするのも、時間の問題だ……」

 

 アマネが重苦し呻くと、エヴリーヌはうなじをのけぞらせて視線を宙に据える。

 

「……問題は盗んだ奴が……もしくは、今悪用している奴が、何故、そんなことをしているかよ。膨大な魔力で、人間と人間社会を破壊する怪物を作り上げて世に放って、何をしようとしているのかしらね?」

 

「そこだ。さっぱり、見当がつかん。何の得があって、こんなことをする? 人間社会に恨みでもあるという訳か?」

 

 それにしてもやりすぎだ。

 ここまでするような奇特な人外――としか思えないが――が、本当に存在するなど信じがたい。

 子供の頃から慣れていれば、人間社会に溶け込むなど、朝飯前だ。

「自分は天狗だ」などと喚き散らさなければいい。

 周囲がそう思っているように、彼らの認識できる範囲では、人間を装えばいい。

 人間の作り出す文明は、何といっても便利だ。

 大部分の人外が、その恩恵を享受する代わりに人間の皮を被るなど、そう大したことではないと認識している。

 人外は、人間の間の異人種と違って、人外だから、ということで差別される訳ではない――みんな、「人外など、現実には存在しない」と思い込んでいるのだから。

 

「さて――どうしたものかな?」

 

「探すのよ。それしかないんじゃない? 可愛い小鳥ちゃん?」

 

 エヴリーヌは、アマネの形のいい鼻を、ぴん、と弾いた。