9-2 マディーラウスも告白

「マディーラウス」

 

 陽の射し込む会見室の一角、立ったまま、オディラギアスは呆然としているマディーラウスに近付いていった。

 

「本当なのか……本当に、そなたが私をニレッティアに売っていたのか?」

 

 マディーラウスは、ごくりと喉を鳴らした。

 冷や汗が滲む。

 どうしてこんなことになったのだろう。

 こやつは今まで……

 

「地上種族の常識が、我らメイダルの民にも通じるとは思わぬことだね?」

 

 穏やかに、同時に物騒に微笑んでいるのが分かる声音で、その男、ナルセジャスルールは突きつけた。

 

「私はメイダルで、犯罪捜査及び魔術的懲罰を専門にしている者だ。君程度の情けない魔力では、私相手に誤魔化しようもないぞ?」

 

 そのセリフを聞いた時、マディーラウスは、この世には自分の及びもつかぬ魔力の世界が存在するのだと、確かに実感した。

 

「さて、このまま君の記憶を引っこ抜いて、私の口から一方的に君の恥ずべき秘密をばらしてもいいのだが、それではあまりというものだ。君の口から、最期の弁明を君の主君にする機会を残しておいてあげよう。さて、どうするね?」

 

 そう最後通牒を突きつけられて、マディーラウスは最初は低く次第に気がふれたように高らかに笑いだした。

 

「……マディーラウス。本当なのか? 何故だ? 理由を教えてくれ」

 

 オディラギアスの抑えた声音には、「何故、幼い日から自分に仕えたそなたが、私を裏切るのだ」という疑問が省略されている。

 マディーラウスは、思い切ることにした。

 

「何故、ですと? あなた付きになった、それだけの理由では足りないとでも……?」

 

「マディーラウス?」

 

 数十年。

 彼を親のように思っていた若い王族は、目を揺らめかせた。

 可哀想に。

 

「王族の中でも冷遇されていたあなたなんぞに付かされるということは、すでに出世の道も断たれるということなのですぞ? 満天下に、お前は無能でクズだと触れ回されるようなもの!!」

 

 吼えるような口調に、オディラギアスが目を見開いた。

 

「ふざけるなてめえ!!」

 

 割り込んできたのは、案の定、オディラギアスの忠臣、蛇魅族ゼーベルだ。

 

「そんなのは、オディラギアス様のせいじゃねえ!! 勝手にあいつらが決めたことだろうが!! 何でこんなに酷い目に遭っている人を、更に追いやるようなことができるんだ!!」

 

「何故、ですか。そうですな」

 

 マディーラウスは快活にすら思えるような声で笑った。

 

「……金、ですかな。ご存知の通り、ニレッティアは豊かだ」

 

 その言葉に、暗澹たる何かが広がった。

 ニレッティア出身だとかいう、妖精族と獣佳族の小娘、そして人間族の小僧が重たい溜息をつく。

 

「それに……国に対するせめてもの嫌がらせ……もありますな?」

 

 オディラギアスの目の光が消えた。

 自分は今の今まで、信じていた相手に利用され尽くしていたのだと、ようやく理解した哀れな若造。

 そう、何重にも哀れな若造だ。

 

「牢へ」

 

 それでも、彼は気丈に指示を飛ばした。

 

「こうなることは分かっていたのだろう? マディーラウス?」

 

「ええ」

 

 マディーラウスは満面の笑みを浮かべてやった。

 

「分かっていましたとも。とっくにね」

 

 最後にマディーラウスが見たオディラギアスの姿は、あのレルシェントとかいう霊宝族の女に、背中をさすられ慰められているものだった。

 

 あんな余計なものを暴き立てる、小賢しい女に夢中にならなければ、そんな目に遭わず、いつまでも夢を見ていられたかも知れませんな。

 

 マディーラウスは内心で呟いた。

 

 その場合は、あなたは何一つ、なすこともなかったでしょうが、くすぶる代わりに「安泰」ではありましたぞ、ある意味ではね。

 

 元の配下の護衛士に連行される間、かつては忠臣の鑑と言われていた男は、毒々しく嘲笑っていた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「……気持ちを、察するくらいはできるわ、オディラギアス」

 

 レルシェントが、がっくり椅子に腰を下ろしたオディラギアスの背をさすった。

 

「でも、今は状況に立ち向かわなければならないの。あなたのお父様と、率いるルゼロス正規軍が、スフェイバに近付いているわ、食い止めないと」

 

「あの、いいでやすか、レルシェントのお父君」

 

 ジーニックが言葉を挟んだ。

 

「何か、強烈な呪いをかけられるんでやすよね? その言いにくいでやすが、昔話みたいに、ウッ、心臓がぁ!! なんてことには」

 

「なるよ。もう、そうしてる」

 

 しれっと返したのは、ナルセジャスルールではなく、その息子。

 レルシェントから見れば、兄に当たる、カーリアラーンだった。

 

「僕だって、神殿付き呪厭師の資格は持ってるんだ。それなりの呪いは行えるよ」

 

「え? つーことは、あの王様、今頃頓死(とんし)とかしてんの?」

 

 無邪気なくらい無遠慮に尋ねたイティキラに、カーリアラーンはけたけたと笑って見せた。

 

「まさか。そんなに簡単に済ませてやる訳がないじゃないか、この僕がさ。もっと酷いことになってるよ」

 

「えーっと……訊くの怖いけど……具体的にどうしてるの、お兄さん?」

 

 怖る怖る、マイリーヤが尋ねた。

 

「身内で食い合ってるよ。文字通りの意味でね。食い合う……というより、あの王様が一方的に食ってるのかな?」

 

 ニヤニヤしたその笑いの意味を、マイリーヤも他の面々も図りかねている時。

 

 ナルセジャスルールが、遠隔地を目前に見せる魔法を、唱えたのだった。