「この冴祥って男は、まあ、一言で言うなら、私らのところの出入り業者だ。私と天名が作る神器や魔具を買い付けて必要なところで売って来る、商人なんだよ。だがまあ、御覧の通り、油断も隙もない奴でね」
仕方なく冴祥と暁烏にお茶とお茶菓子を持ってきた百合子に、真砂は苦笑交じりに説明する。
真砂の屋敷の客間、上品な座卓を前に、冴祥と暁烏は、しれっと座っている。
冴祥の妙な力で、少しの間操られていた百合子は、怖気を振るった顔で、座卓の横。
真砂と天名は、それぞれ面白そうな様子、憮然とした様子で、冴祥たちと向かい合って座卓に座っている。
「酷いなあ、真砂さん。それじゃ、俺が悪党みたいじゃないですか」
笑いを含んだ声で、冴祥が抗議する。
真砂が何か口にするより先に、天名が鼻を鳴らす。
「悪党と言い切れる訳ではないかも知れんが、善人ではないことは確かだ。色々な奴と商売上の付き合いがあるからな。顔が広いのと、情報が確かなのはいいが、どこまで公正明大かは怪しいものだ」
天名に手厳しく評され、冴祥はつややかな切れ長の瞳をすうっと細めて、ニンマリと微笑む。
蠱惑的な、人を食う表情。
「人外屈指の実力者であらせられる、天名さんにそこまで評価されるとは嬉しいですね。もう少し信頼していただけたら、もっと嬉しいのですが。俺、あなた方に損をさせるようなこと、したことないでしょう?」
百合子は真砂や天名と、冴祥、暁烏を交互に見る。
「あの、冴祥さんたちも人外で……」
「俺、数咲大霊(かずさきのおおち)と呼ばれる人外種族なんですよ。割と希少種なんですよ? 真砂さんの種族と同じくらいには」
冴祥はくつくつ笑う。
「あ、俺は付喪神ね!!」
最中を頬張っていた暁烏がいきなり手を上げる。
「百合子さんてこの辺の人? なら聞いたことないかなあ。ここの大昔の殿様が持ってた、『暁烏の太刀』の伝説。その太刀の付喪神が俺ね!!」
百合子はぎょっとする。
子供の頃、この街の学校に通う子供なら繰り返し聞かされた、名君深海由郷(ふかうみよしさと)と、神秘的な伝説に包まれた名刀「暁烏の太刀」の物語。
「まあ、我々だって、この街には世話になっているのです。この刻窟市は、人外にも人間にも重要ですからね。商売するのに、これだけ様々な場所に繋がった、便利の良い街はない。で、そこでです。この街の危機なんですよね」
冴祥がそんなことを口にして、百合子は怪訝な顔で、真砂と天名を振り返る。
彼女たちは、眉を寄せてちらりと目を見交わし合う。
「どんな情報を持ってきた?」
天名がお姫様らしい横柄さで先を促す。
「鵜殿文章とやり合ったそうですね。こちらの百合子さんのお陰で、一度は撃退したと」
冴祥は、百合子をちらっと見やる。
「しかし、仕留めることはできなかった。奴め、また舞い戻って来ましたよ。酷い手負いにはしたそうですが、奴はもうすでに元通り。下手な人外以上の再生力ですね」
百合子の顔から血の気が引く。
真砂や天名の話から、多分そうなるのではないかと、ある程度の予想はしていたものの、早い。
「……冴祥さん。鵜殿はどこにいるんですか?」
百合子は、真砂や天名の発言を待たずに、冴祥に尋ねる。
「行かないと。今度こそ、仕留めます」
百合子は、ぎゅっと唇を噛む。
真砂は、何か言おうとして、仕方ないとばかりにうなずき。
天名は、それしかあるまいというように、腕組みをする。
暁烏は面白そうに笑い。
冴祥は、わかっていたというように、口を開いたのだ。
◇ ◆ ◇
鵜殿は、その前を行く一団を見やる。
夜である。
日付変わるまでがあと一時間もない。
街路樹が風にざわめくが、一つ向こうの大通りからは、車がの走行音が聞こえている。
地方都市とはいえ、大通りはまだまだ明るい。
男女混合のグループだ。
五人ほど。
いかにもどこかの居酒屋で盛り上がり、二件目に行こうという風に見える。
べろべろの彼らは、人気のない夜の公園に歩み入る。
互いに支え合うようにしながら、二つ並んだベンチを目指す。
今日は、不運というべきか、彼ら以外の人影がない。
いや。
植え込みの暗がりから立ち上がった、鵜殿は別だが。
あの化け物めいた姿になった鵜殿は、今やすっかり元通りである。
綺麗に皮膚は再生していて、風貌に変化はない。
何故か目尻の傷まで同じように存在しているのが妙だが、あの苛烈な戦いなどなかったような。
鵜殿のいでたちは以前と変わっている。
忍者のような、暗い色の和装。
どういう訳か、数年間も伸ばしっぱなしだったように、長い髪を結いあげている。
音もなく、鵜殿は公園の敷地内を照らす街灯の光の輪の中に踏み出す。
その右手に握られた、ぎらつく日本刀が、夜の光に照らされて、水銀のような光を返す。
「あ……えっ」
「え? うわ、なんだこいつ!!」
「逃げ……っ!!」
酔っ払い集団が、鵜殿に気付く。
悲鳴が飛び交う。
駆け寄った鵜殿が、刀を一閃させる。
血飛沫が、ベンチと地面に飛び散る。
最初の男を袈裟懸けにしたら、後は簡単だ。
全員、酔っぱらって足元もおぼつかない。
女の喉を突き。
転んだ男の背中から心臓を貫く。
それは手慣れた、短い「作業」だ。
絶叫が湧き上がったのもつかの間でしかない。
血の海の中に倒れ伏す、寄せ集めれば五人分になる死骸を、鵜殿は満足気に眺めやり。
刀を振って血を払う。
「やあ、鵜殿君、でしたっけ? 相変わらず手慣れてるね。現代人じゃないみたいだな」
背後からいきなり声を掛けられて、鵜殿は振り返る。
人外の男だ。
いつの間に公園の入り口にいたのか。
宝石を貼り付けたようなきらめく角が麗しい、背の高い人外。
まるで古の儀式のように、角に鏡を掲げている。
角に負けないほど、整った目鼻をしているのがわかる。
まるで千年も前の貴人のような、狩衣の姿だ。
背後に悠々と、これもきらめく龍の尾。
そして、全身に、連なる天体のように、周囲の空間に鏡のように輝く何かが展開している。
「ご存知ですかね、鵜殿さん。あなたが今、手にかけた犠牲者は、五人。でも、五は、魔性の数なんですよね。ヨーロッパの数秘術では、悪魔の数、なんて言うそうですよ?」
いきなりそんなことを言われて、鵜殿はちらっと背後の犠牲者を振り返り――はっとする。
犠牲者が、いましがた切り刻んだはずの彼らが、そこにはいない。
地面やベンチに残されたはずの大量の血痕も消えている。
「餌を撒けばひっかかるはずって言われたけど、ほんとなんだ」
また別の方向から声。
公園の奥から――と認識する間もない。
飛来した「傾空」は夜の光を纏うまでもなく、鵜殿の首を刎ね飛ばしたのである。