14 記憶と神器

「そう言えば、あのお屋敷に、見覚えありますよ」

 

 ふと、冴祥が形の良い顎をつまみながら、そんな風に口にする。

 

「確かに、あのお屋敷に、神器を売りに参上したことがある。お客さんですよ、あの人」

 

 と、暁烏が、あっ、と小さく叫ぶ。

 

「あ、そうだ、思い出しましたよ、あの塀、どっかで見たなって思ったんだ!! ずいぶん前ですけど、売りに行きましたよね? 天名さんから仕入れた神器、高く買ってくれた人じゃないですか!?」

 

 百合子は、えっと暁烏と冴祥を振り返る。

 真砂は、ほう、と片眉を上げる。

 天名はじろりと商人の二人を睨む。

 

「わしが作った神器を買った者だと? すると、神器使いがいるということだな?」

 

 厄介な、と言わんばかりの天名を、真砂がちらりと見やる。

 

「……天名の創った神器は厄介だな。どういう種類のものだったか、覚えているか、冴祥?」

 

 冴祥は、ふと視線を百合子に向ける。

 

「ずいぶん前の話ですよ。二十年ちょっと前、あの鵜殿が出てくる少し前くらい……天名さんは、その神器を卸してくださる時に仰ったんです。大変な『刻ノ石』を生み出せる逸材を、真砂が見付けて来た、とね。もしや……」

 

 探るように見据えられて、百合子は心臓が跳ね上がるように思える。

 鵜殿が殺戮を始める直前。

 奴の最初の獲物は、百合子の弟。

 その刻ノ石とは……?

 

「なるほど。あれか。百合子の心が生み出した刻ノ石を原料に生み出した神器か」

 

 天名にそんなことを言われ、百合子は卒倒しそうになる。

 自分の心が生み出した刻ノ石?

 

「ここに来る前に説明しただろ? 神器の原材料になる『刻ノ石』は、人の心からも生まれる。空や海を見て美しいと思う心。誰かのために一心に祈る心。夜の静謐。去って行った誰かが、行先の世界でも幸せであれと願う心」

 

 真砂が、じっと百合子を見据えたまま、そんな風に解説する。

 そういえば、あのくらいの時期に曽祖母が亡くなった。

「ひいおばあちゃんはどこに行ったの? ごはんは食べている?」

 幼い百合子は、母親にそんな風に尋ねたものだ。

 曾祖母の家の二階から眺めた海と空は、今も百合子の原風景だ。

 

「私は、幼い君に頼んだ。君の心の欠片を分けてくれと。君は承諾した。そうして君の心から生まれた刻ノ石から、多くの神器が生まれたんだよ」

 

 百合子は、その言葉を聞きながら、どうにか咀嚼しようと試みる。

 真砂さんが私から刻ノ石を得て、それを原料に天名さんが神器を作っていた?

 

 妙な気持ちだった。

 自分が神器の、いわば複数いる生みの親の一人だとは。

 何がどうしてあんな凄い性能を持った武器が出来上がるのか、まったく理解できていないというのに。

 

「とにかく、今のところ厄介なのは、ナギを浚った一味の中に、百合子由来の神器を所持している何者かがいる、ということだな」

 

 天名が腕組みする。

 ふと冴祥を振り向き。

 

「冴祥。神器を所持者になった奴がどういう奴なのかはわかっているのか?」

 

 ええ、と冴祥が溜息をつく。

 

「割と厄介かも知れませんねえ。夜叉女、ヤクシニーの、ソーリヤスタ様。この街の顔役ですよ。海運業、空運業で財を築いておられます」

 

 支払いは良い方なので、商人としては有難いですけどね。

 冴祥はそんな風に評する。

 

「綺麗な人なんだよね。だけど、怖い人でもある。場合によっては食われそう。ヤクシニーさんだからさ、やっぱり」

 

 暁烏も彼なりの評を付け加える。

 

「ううん、でも、なんでこの街の顔役の人が、ナギちゃんを連れて行かせるんでしょうね……?」

 

 百合子は根本的な疑問を口にする。

 

「ま、とにかく」

 

 真砂が、全員を見渡す。

 

「ここであれこれ推測しても始まらない、ナギも心配だし、実際お邪魔してみようじゃないか、そのソーリヤスタ様のところへ」

 

 

◇ ◆ ◇

 

「へえ、勤勉ですね、あの夜叉の男の子。アンディくん、でしたか」

 

 面白そうに人の悪い笑みを浮かべながら、殿の冴祥が口にする。

 潮風の流れてくる、大きな屋敷の立ち並ぶ清潔な通りである。

 百合子たちの目から見れば、幾つかの様式が混じり合ったような、そんな造りの屋敷の塀が続く一角。

 ソーリヤスタの屋敷まであと少しといったところ。

 

「あのお屋敷から出て、待ち構えてくれてます。お友達も一緒ですね」

 

 目の前の横道から、二つの影がすうっと滑り出て来る。

 全員に見覚えがある。

 褐色の肌の夜叉、アンディ。

 そしてもう一人。

 アンディとは対照的に、色白な肌に、栗色の髪の、古い時代のヨーロッパ風のいでたちに見える、こちらもアンディと同じ年ごろに見える若者。

 人間と違うところは、背中に、ステンドグラスのように見える翅が生えているところか。

 そのせいか、少し地面から浮いている。

 腰から、ブロードソードを吊っているのが珍しい。

 

「おや、お迎え、ご苦労さん。ご主人に言われて来たのかな?」

 

 真砂が、その二人に気安く声をかける。

 二人は緊張の面持ちだ。

 こちらの実力はある程度は把握していそうだなと、百合子も判断する。

 

 案の定というか、迎えに来たのは、その二人だけではない。

 夜叉族と、もう少し怪物じみた見た目の大柄な種族らしき者たちが、三人ずつ。

 合計、八人が百合子たちを取り巻く。

 

「我が主、ソーリヤスタ様より、お迎えに上がるように言われて参りました」

 

 緊張の感じられる声で、そのアンディという夜叉は一行に呼びかける。

 

「ことを荒立てたくはありません。どうか、ついてきてください」