22 殺してくれェ

「うぁぁああああああああぁぁぁああぁ!!! 殺してくれェーーー!!!!!」

 

 百合子は、ナギのもっふりした背中に顔を埋めて絶叫する。

 

 ソーリヤスタの屋敷の屋敷の客間に、とりあえず戻った一行である。

 様々な熱帯の果物が供されているが、卓に突っ伏した百合子は、それを味わうどころではない。

 ナギの背中に顔を埋めて、ふり絞るような泣き声を上げている。

 

「背中と尻に、嘆きと自己嫌悪が伝わってきます。気の毒だけど、こそばゆくてなんか面白いです」

 

 割と真面目腐ったような調子で、ナギがニャアと鳴く。

 天名が手を伸ばして、ナギを撫でてやり、次いで百合子の伏せた後頭部もぽんと叩く。

 

「嘆かずにいられん気持ちはわかるが、とにかくことは収まったのだ。全面的にお前が悪い訳でもない。落ち着いて、少し食べさせてもらえ。まだこの先はある」

 

 つっけんどんなようだが、その根底に思いやりの響きを隠して、天名が百合子に言い渡す。

 

「百合子さん、お若いなあ。失敗に慣れておられない。『傾空』で人間でないような強さを得たのは、こっちもありがたかったけれど、百合子さん自身は失敗できる時期が駆け足で過ぎてしまった。お気の毒ですけど、今回はみんな無事だったんですし」

 

 切り分けたドラゴンフルーツに似た果物を百合子の前の取り分け皿に置いてやりながら、冴祥がのんびりなだめる。

 大きな指の長い手で、ぽんぽん、と背中を叩いて、大丈夫だ、と伝える。

 

「百合子さんて、大将に付いたばっかりの頃の俺かな? なんか既視感があっていたたまれない……」

 

 暁烏は、遠い目をしつつも、百合子の前に果汁を絞った冷えたジュースを置いてやる。

 

「ああ……わかる……なんかわかるな、失敗した時にああなるの……」

 

 アンディが、テーブルの反対側から、気の毒そうに百合子を見やる。

 

「……命の恩人に大けがをさせたんだ……今は気のすむまで、嘆かせてやった方がいいと思うぞ……」

 

 グレイディも、何かを思い出している様子で、アンディの隣から気の毒そうに百合子に視線を当てる。

 

「ゆーりーこー」

 

 真砂が、ふわふわ雲に絡まって浮きながら、百合子の背中から覗き込む。

 

「まあ、驚いて落ち込む気持ちはわかるよ。やっちゃったなって思うだろ? でも、私はこの通り無事だ。君が思ってるほど、大したことじゃない」

 

 くりくりくり。

 真砂は、百合子の頭を撫でてやる。

 

「状況的にやむを得なかったとはいえ、戦い自体に慣れない君に、いきなり神器を使わせていた私にも落ち度はある。一言で言えば、今回のことはやむを得ないトラブルで、そしてもう回復したんだ。あんまり嘆かれると、私自身が困る」

 

 百合子がついと顔を上げる。

 目元が涙に濡れている。

 

「真砂さぁ~~~ん……」

 

 ぐじぐじ。

 

「ほら。これ」

 

 真砂が、小さな巾着を差し出す。

 

「え?」

 

「今回のようなことがないように。お守りみたいなもの。天名が作ったんだけど、私から渡せって」

 

 くすくす笑う真砂とつんとしている天名を交互に見て、百合子は巾着を開ける。

 中に入っていたのは、太さの違うプラチナの鎖を連結したネックレスだ。

 星を模しているのだろうか、連結部に幾つか小粒の宝石も取り付けられた凝ったデザイン。

 

「今回みたいに心に干渉されないように、邪な術を退ける効果があるものだ。最初から渡しておくべきだったが、時間がなくてな。急ごしらえだが、この件が終わったら、ちゃんとしたものを作り直してやる」

 

 天名が何てことない風に口にすると、百合子はがばっと立ち上がる。

 

「天名さん……」

 

「礼なら、真砂に言え。得意の妖具制作で何とかしてくれないと、少しばかり恥ずかしい秘密をばらすぞなどとぬかしよる。多分そんなものは実際には知らんのだろうが、こいつの必死さに免じてな」

 

 天名に言われると、真砂がけたけた笑い始める。

 

「真砂さーーーん!! 天名さーーーん!!」

 

 二人にぎゅぎゅうと抱き着いてほおずりする真砂である。

 

「わたし!! わたし、絶対に頑張って、この事件は解決して、家に帰ったら、美味しい炊き込みご飯作りますから!!」

 

 そんな百合子を、まるで繭に包まれたみたいな見た目で、微笑ましそうに見守るのは、ソーリヤスタである。

 

「大丈夫ですわよ。あの慈濫にとどめを刺す直前、あいつ言ってましたもの。協力者がいるって。そのうちの誰かが『神封じの石』を持っているって」

 

 協力者は三人。

 しらみつぶしに探せばすぐですよ。

 

「ああ、それにしても、この雲マント最高……防御力良し、何せ心地よい温度に自動的に調整……眠い……」

 

 雲に包まれたまま、宙に浮いて眠るという、寝具メーカーのCMみたいなことをしそうなソーリヤスタに、真砂は笑う。

 

「その雲の羽衣、気に入ってくれたなら嬉しいですよ。しかしねえ、これからどうします? よその国の誰かと、グレイディくんのところと」

 

 はたと、ソーリヤスタは空中で起き上がる。

 

「そうでしたわ、ティル・ナ・ノーグでまずいことをしている者がいて、そいつがあの慈濫を手引きしたってことなんですよ。そいつをまず何とかしないと……」

 

 ソーリヤスタは気づかわし気に、グレイディを見やる。

 

「この子は、身内をあんな風にした犯人を見つけるまで帰らないって、ここに留まっていたんですよ。まさか、あの守りの固いことで名高い妖精郷の内部に裏切者がいたなんて」

 

 グレイディは、もはや蒼白な顔を青ざめさせている。

 

「……今も、故郷が危険に曝されているかもしれない……。俺は戻る。ソーリヤスタ様、今までありがとうございました……。俺が戻って知らせないと、妖精郷がなくなるかも知れない……」

 

 ソーリヤスタはうなずく。

 

「あなたは今まで、よく仕えてくれました。東の桟橋に置いてある飛空船を餞別にあげます、使って無事に戻るのですよ?」

 

「あのっ、ソーリヤスタ様……!!」

 

 アンディが、思わずという風に一歩踏み出す。

 

「グレイディだけじゃ危険です。俺もこいつに付き合います。あの上等してくれた人形使いの仲間にも痛い目を見てもらわないと。それに、『神封じの石』がどこにあるのか確かめたい」

 

 グレイディは、はっとした顔で、相棒を見る。

 ソーリヤスタは、穏やかにうなずき、許可を出したのだった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

「よーし!! それじゃ、行こうか!!」

 

 風放の湊に面した「刻窟」に通じる岩山は、風に吹かれてくっきりした空に浮かび上がる。

 帆船の白い帆。

 不思議の力でひとりでに空中を航行する船に乗り込んだ、百合子、真砂、天名、冴祥、暁烏、ナギ、そしてアンディとグレイディ。

 真砂の声が合図になったように、船は岩山に重なった時空の渦に巻き込まれて、遠く離れた別世界へと転移したのだった。