3-5 全知の石板

「『全知の石板』……そのようなものが」

 

 オディラギアスが呻いた。

 信じられない、という表情を浮かべる彼を見て、レルシェントは、予想通りの反応に溜息をつく。多分、間もなくひっくり返る。

 

「全ての知識を与える――全知全能になるという訳か? そのようなものがあるから、このスフェイバの遺跡は、これだけ難攻不落だったというのか?」

 

 ぞくりとするような真剣な目で見られて、レルシェントは微かに頭を横に振る。ここまで来たら、全てを話さない訳にはいくまい。運命の車輪は回り出した。

 

「それが……申し訳ないのですけれど、詳しくは分からないのです」

 

「分からない? どういうことだ?」

 

 更にオディラギアスは突っ込んでくる。

 

 一般に、霊宝族の間では、地上種族の中でも特に粗暴で、考えなしの種族であると思われている龍震族だが、オディラギアスの姿や姿勢を見ると、考えを改めざるを得ない。

 彼は控えめに言っても知的で、把握できることは何でも把握し、状況を正確に判断しようとする。それもこれも、結局は状況との戦いに勝利するための戦略だ。

 彼に下手な誤魔化しは通用しないし、今やその必要もない。

 レルシェントが故郷で受け取った神託が完全に正確なのだとするなら――彼も、すでにレルシェントの運命の一部。

 

「あらゆる古文献をひっくり返して調べたのですけれど、『全知の石板』が具体的にどういう外観をしているものかは、正確には分からないのです。据え置きの巨大なものなのか、それとも持ち運べるようなものなのか。ここに実在するのか、それともここには真の置き場所のヒントがあるだけなのか」

 

 そう続けるレルシェントを、オディラギアスは凝然と見つめる。

 

「とてもあやふやな記録のされ方をしているのですわ。普通、霊宝族の記録に、こういうことは珍しいのですけれど」

 

「ほう?」

 

 興味深そうに、オディラギアスが金色の目を底光らせた。

 ゼーベル、ジーニックも、その横で困惑顔だ。

 事前に説明していたマイリーヤとイティキラは、心配そうにレルシェントを伺っている。

 

「ただ一つ、はっきり分かっているのは、それが『どんな質問にでも正確に答えてくれる、神々の秘宝』だということですわ」

 

 一つ一つ言葉を区切り、レルシェントははっきりと目の前にいる面々にそれを伝えた。

 我らは、チームになるしかない。

 そのためには信用が第一。

 事前に、自分は信用を損なうようなことをしてしまった。

 取り返すためには、誠実に、今分かっているだけの事実を伝え、情報の共有を図ること。

 

「あたくしは、あの世界の記憶が何なのか、どこから来るのか――本当に知りたかったんですの。常に考え続け、方法を模索し続けて……ようやく辿り着いた答えが、『全知の石板』なのですわ」

 

 それは、極めつけに優秀という評価を周囲から与えられていたレルシェントが、どんな学問に当たっても解けなかった疑問だった。

 誰も、かつてはレルシェントが「現実世界」と信じて疑わなかった世界の話などしない。

 その代わりに、神々が実際に力を振るい、魔法が横溢した世界が広がっている。

 現実だと信じて疑わなかった、あの世界が幻だったのか?

 それとも、この世界が幻なのか。

 どちらも、正解だとは思えなかった。

 

「『全知の石板』が、本当に伝えられるような秘宝なら、あたくしの見た世界が何なのか、この世界とあちらの世界の関連はどういったものなのか、答えが得られるはずですもの。逆を返して申せば、それ以外にこの疑問の答えを得る方法はありませんわ」

 

 なるほど、という小さな声はジーニック。

 

「そういう訳でやしたら、こりゃ、滅多な奴に話をする訳には参りやせんよねえ。いやあ、何か疑ったりして申し訳なかったでやす」

 

 それに応じたのはイティキラだった。

 

「みんなもさあ。あの世界の記憶で嫌な目に遭ったことは沢山あるんじゃないの? 頭おかしいって疑われたりさ。それを考えると、そうそう話す訳にはいかなかったんだって。だって、まさか……」

 

「……俺らが、あの世界の記憶を持っている、だなんて、判別がつかねえもんな……」

 

 ゼーベルが何かを思い出した様子で呟くと、マイリーヤがテーブルにべったり突っ伏しながら、うんうんとうなずいた。

 

「あっちの世界の基準に直して考えてみれば、こっちの人たちの普通の考え方とかが分かるよ。あっちの世界で、『自分は歴史上の人物が転生してきた英雄だ、かれこれこういう使命がある!!』とか真顔で言いだす奴がいたら、みんな、どーする?」

 

 まあ、通報するな、という答えがまばらに返ってくる。

 

「しかし、どうも奇妙に感じるのだが」

 

 オディラギアスは、自分以外の五人を静かに眺め回した。

 

「……ここに集っている、『異世界の記憶を持った人物』は、何故か神聖六種族から一人ずつ、計六名。そして、男女も半々ずつ。社会的立場もバラバラに見える。まるで……」

 

「……まるで、誰かが意図的にそうなるように配置したかのよう……ですわよね」

 

 言葉に詰まったオディラギアスの後を受けてレルシェントが呟くと、彼は深くうなずいた。

 

「『神々の遊戯場』……か」

 

 イティキラがぽつりと呟いた。

 

「この世界って、そう呼ばれてるんだよな、確か……」

 

「……向こうの世界で言うなら、RPGのパーティみたいでやすよね。前衛型がいて後衛型がいて……みたいな感じでやすよ」

 

「……割とバランスのいいパーティ、だよな?」

 

 しげしげ周囲を眺め回して、ゼーベルが感想を洩らす。

 

「あたくしは、霊宝族の……皆様の概念で申し上げるなら、巫女とでもいうことになるのですけれども……この旅の前に、神託がありましたの」

 

 レルシェントは思い切ったように話し出した。

 

「『そなたはそなたを助ける仲間に出会うであろう。そしてその仲間は、そなたに足りないところを補うであろう』。こうして六名揃うと……」

 

 パーティ。

 運命共同体。

 

 そんな言葉が、全員の脳裏に浮かんだ。