2-4 共闘

「あらあー。まさかの成り行きだわ。これだから人外やってるのは面白いわよねえ」

 

 さしものエヴリーヌも、急展開に呆気に取られる。

 夜という時空を切り取ったかのような吸血鬼の影を、しげしげ見上げるしかない。

 

「ええい!! 話は後だ。とりあえずあの化け物を倒すぞ!!」

 

 アマネは一瞬怪訝な顔で闇路を睨んだが、すぐさま矛先を切り替える。

 闇路がどういうつもりかはともかく、今は共闘する他ない。

 さもなくば、あれだけ巨大化してしまった怪物を倒せないであろう。

 

「そういうことです。とにかく、天狗のあなたはなるべく強い火力で攻撃を。ヴィーヴルのあなたは、動きを止めることだけに注力して下さいね」

 

 冷静でひんやりした声で、闇路が簡単な指示を飛ばす。

 エヴリーヌにしてもアマネにしても、やや癪に感じるが、それしかないのはわかっている。

 

 と。

 

 怪物が、吼えた。

 

 渾身の力で、崩れかけた口を開き、巨大な光の網を吐き出す。

 周囲一帯に展開したそれは、建物を切り刻みぶち砕きながら、急速に三人の人外へと収縮していく。

 

 誰一人、言葉を発する間もなく、網は縮み……

 

 いや。

 

 ぐわらん、と聞いたこともない音を立てて、一体の大気がぶれたように感じた。

 違う。

 空間が歪み、それにつれて光も歪んだのだ。

 

 ほんの瞬きの間に、あの破壊的な網は消え失せている。

 後には、何事かと周囲を見回すエヴリーヌと闇路。

 そして、肩で息をするアマネがいるばかり。

 奇妙な不自然さと規模で、えぐれたビル群がしらじらと。

 放った怪物はといえば、何が起こったか理解できずに、口を開いたまま固まっているばかり。

 

「ほう。今のは……」

 

 闇路が説明を求めるように視線をアマネに向ける。

 

「あれはそうそう何度も連発できん。『時の風』という。時空を歪め、なんでも破壊した上で『どこでもない場所』に放り出す術だ」

 

 呼吸を整えながらも、アマネは要点だけをかいつまむ。

 

「あの網をまた吐かれる前に、なんとしても動きを止めろ。次は間に合わん」

 

「ようし、いい子いい子、よくやったわ。後はお姉さんに任せなさい」

 

 どう考えてもはるかに年上であるはずのアマネに年上ぶり、エヴリーヌは優雅な両腕を怪物に向ける。

 

 途端に、怪物の巨体の周囲に、ぼんやり輝く、オーロラのような光の帳が現れる。

 怪物は、まるで居眠りするかのように頭を垂れ、ぐったりと動かなくなる。

 無数の触手からも、力が抜ける。

 かすかに震えているように見えるのが、まだそいつが生きていることの証。

 

「ヴィーヴル特製の、幻覚盛り合わせよ。『幸福な夢』とでも呼ぶべきかしら。具体的にどういう内容かは知らないけど、あちらは今、大変に幸福な夢の中で眠っているわ。当面動かないわよ」

 

 得意げに、エヴリーヌが優雅な指を振る。

 

「上出来です。少し下がっていてください」

 

 闇路が空中を滑って前に進み出た。

 マントが上空の風に翻る。

 

 虚空で太刀を上段に構え、打ち下ろし一閃。

 

 黒い衝撃が、空間を縦に割る。

 

 奔った黒は、怪物の巨体に吸い込まれる。

 瞬間、その体が爆ぜた。

 

 まるで、とんでもなく大きな仕掛け花火を見るようである。

 肉が沸騰するかのように液状化して溶け崩れ、汚液を噴き上げながら、みるみる全身が崩壊して縮んでいく。

 頭部、触手、胴体。

 汚液でできた蛇のようにのたうち、数瞬ののち、地べたの上に広がる、巨大で汚い黒ずんだ水たまり以外は、何も残らない。

 

 これが、疫神。

 日本産吸血鬼の能力だとは、理性で理解していても信じがたいものがある。

 

「あらあ……まあ、すっかり溶けちゃって」

 

「このままだと疫病が広がるぞ、全く!!」

 

 エヴリーヌが感心している間に、アマネは超高熱の衝撃波を残された水たまりに向けて放つ。

 空間が恐ろしい輝きで満たされ、悪夢のような陽炎が過ぎ去った後は、硝子状に変質したアスファルトとビルの外殻が残るばかり。

 

「ふう。どうにか片付きましたねえ」

 

 まるで他人事のような気楽な口調で口にする吸血鬼に、アマネは鋭い視線を向ける。

 風にあおられる炎のようにたなびく、真紅の壮麗な尾羽。

 

「さて。これはどういうことなのか、聞かせてもらわねばなるまいな? 貴様、一体なんのつもりだ」

 

 厳しい言葉を匕首《あいくち》のように喉笛に突きつけられながらも、闇路は薄く嗤う。

 

「ええ。私もあなた方に、色々お伺いしたいことがありますので。場所を変えましょうか?」

 

 アマネとエヴリーヌは目配せし合い。

 闇路と並行して、飛び始める。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「まずは……私の息子を、どこに隠しました?」

 

 少し離れた高層マンションの屋上。

 排気塔の立ち並ぶ砂っぽいコンクリートの上で、闇路は早速アマネとエヴリーヌを問い詰める。

 

「今の状態では、教えられんな。そもそも、貴様なんのつもりだ。『マリー=アンジュ』を知っている、ということは、貴様がどいつかに指図して盗み出させた、という解釈でいいか」

 

 アマネはぴしりとはねつけ、逆に鋭く詰問する。

 

「どこにあるかご存知なら、早く白状したほうがいいわよ、素敵な彼。多分、あなたでも扱えないわ、『マリー=アンジュ』は。そんなに甘いものじゃないのよ」

 

 まるで子供をなだめるように甘い声で促すエヴリーヌに、闇路は苦笑する。

 

「……まあ、私からお話した方がいいでしょうね。どうも、私は大幅な思い違いをしていたようですから」

 

 その言葉に、アマネもエヴリーヌも、怪訝な目を見かわしたのだった。