4-2 西遊記だってさ

 いいですか、皆さん。

 最終目的地、惑星クレトフォライまでは、決まった手順を踏んで赴かねばなりません。

 それを無視すると辿り着けないようになっているのが、この旅の厄介なところでしてね。

 我が主、希亜世羅様のご意思によって、そう定められ、これは希亜世羅様ご本人ですらも従わねばならない掟なのです……。

 

 まずは、ウシュズラ星系第三番惑星リリキに向かい、そこに隠されている船に乗り換えをします。

 更にその船「女神の巻貝号」で特定のルートを特定の方法で航行しながら、ようやくその最終目的地・惑星クレトフォライに到達するのです。

 これらの手順を完璧に踏んで初めて、封印を解く資格が手に入ります。

 面倒でしょうが……セキュリティ上、やむを得ぬ措置なのです。

 手順は私が完璧に記憶しています。

 その都度指示いたしますので、皆さんは私の指示に従って行動して下さいませ。

 よろしいですね?

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 莉央莉恵にそんな説明を行われて、冴はふうっと溜息をついた。

「セキュリティの都合……ってのは分からんでもないが、それにしても面倒臭いことを……」

「あはは。自分で設定しといてアレだけど、なんつーか、ホラ、地球の物語にこういうのあったよね? 私らが住んでる国のすぐ西隣の国だっけ? 有り難い聖典を探しに更に西だか南の果ての国に行くの。さい……さい……?」

 妙羽であった頃とあまり変わらぬ呑気な口調で、希亜世羅はのほほんとそのタイトルを思い出そうとした。重要情報ではないと判断したからなのか、正確な名称が出てこない。

「西遊記、だろ? ……大体、おかしいだろ。お前、立場から言えば、目的地の天竺でどーーーん、と構えてるお釈迦様とかのはずだろ。えっちらおっちら、お釈迦様が山越え砂漠越えて旅するって、どんなもんよ……」

 ……あの話は好きだ。子供の頃、ジュブナイルアレンジの本で繰り返し読んだ思い出。

 まさか、砂漠どころか宇宙の星々を超えて旅する破目になるとは、思いもよらなかった。人生何があるか分からない、などという陳腐な感想すら出てこない。

 

「うーん。じゃあ折角なので、あの物語の役割割り振りするにゃ!! まず猪さんは、問答無用で猪八戒《ちょはっかい》にゃー!!」

 中学生少女の格好の伽々羅に、いきなりズビシ!! と指をさされ、棘山は目を白黒させた。あまりまともな者には見えないくらいの目立つ傷のあるごつい大男が、華奢で小柄な少女に翻弄される様子は見ごたえがあった。

「はぁっ!? なんだそれ、安易すぎねえか。第一嫌なんだけど……あの豚野郎、食い気と色気に弱い一番ダメダメな野郎じゃねーか!!」

 棘山は流石にプライドが傷付いたらしい。

 自分は神威を宿す神の猪であり、断じて豚の変化などでない、というのは、彼の矜持の一つであるはずだ。傷のある左頬が引きつった。

「ほう? 自分はそんなに立派なモンだと?」

 ニヤニヤした伽々羅がからかいにかかる。

「おめえな、こっちの世界でどんな高貴なお立場だか知らねえが、よその世界のそれなりの格の神に、きちんと礼儀くらいは……」

 

 むきになって突っかかる棘山を、制したのは主の冴だった。

「よし。俺が後は決めてやる。まず、希亜世羅は三蔵法師で文句ねえだろ? 俺は自動的に孫悟空な?」

 さらっと決定した冴に、棘山は口を尖らせた。

「何スかそれ、主。おいしいとこ持って行ってるじゃないスか」

「あと、莉央莉恵さんは沙悟浄で……」

「えっ、わたくし妖怪に!?」

 ちょっとショックですわ!! と眼鏡を持ち上げる莉央莉恵に構わず、冴は最後に伽々羅に振り向いた。

「……で、あんたは、馬」

「はうっ!!」

 

 薄い胸を押さえてのけぞる伽々羅。

 どうも「ショックを受けた」と表現したいらしい。

 

「にゃーーー!!! 誰が馬にゃー!!」

 このウロコ野郎剥いてやるにゃー!! と息巻く伽々羅に向け、冴はしれっと言い放った。

「でも、あの物語の馬って、正体は龍神の一族でかなりランク高いんだぜ? それに、三蔵法師様を背中に乗せて運ぶ栄誉は、その馬にしかねえんだぜ?」

「ほ、ほにゃ!?」

 指摘されて、途端に伽々羅の童顔がだらしなく緩んだ。

「む、むう。そういうことなら、まあ……」

「私を乗せろ!! どーん!!!」

 希亜世羅が、伽々羅の背中にのしっと自分の胸を押し付けた。

「んにゃあ、猫に乗って砂漠の旅も……!!」

 ナニヤラ自分に都合いい絵面を思い描いてしまったらしい伽々羅である。希亜世羅と頬をすり合わせてニヤけている。

 

「まっ!! お待ちなさい、伽々羅!! あなたばっかりずるいですわ!! 立場の交換を要求します!!」

 キリッ。

 いつの間にか二人に近づいてきていた莉央莉恵が、伽々羅から希亜世羅を奪い取ろうとする。

 片や伽々羅も希亜世羅を奪い取り返し、所有権を主張する。

 

「馬はわたいにゃ~~~」

「いいえ!! 私が馬です!!」

 

 希亜世羅は困ったような幸せなような顔で微笑み、二人の神使に引っ張られている。

 冴は珍しい光景だなと、呑気に構えている。

 棘山が近付いてきて囁いた。

「いやあ、主。ありがとうございました。巧妙に返し技を繰り出していくスタイル!!」

「うーん、今回は希亜世羅も巻き込んじまったから60点くれえかな……」

 指の突起で、鼻の脇をぽりぽり掻く冴であった。

 

「あー……ところで、莉央莉恵さんよ。ちょっと質問があるんだが?」

 そろそろ希亜世羅を解放してやらないとまずいだろうと思った冴は、まだ希亜世羅の取り合いをしている莉央莉恵に声をかけた。

「……はっ、失礼いたしました。どのようなことですの?」

 いきなり今までの痴態などなかったように知性派を気取り、莉央莉恵は眼鏡を差し上げつつ向き直った。

 

「……この旅、俺たちが元いたところでいう……ワープっていうのか? 空間をショートカットするようなやつ。そういうの、使えねえのか? ひょっとして、光の速さで進んでも、何千年とか何万年とかかかるとか、そんな距離だったりしねえのか?」

 

 冴の疑問は、彼が所属していた宇宙の常識に基づいている。

 いわゆる科学ニュースで見る天文学上の発見などでは、単位が何千万光年――要するに光の速さで進んで何千万年かかる、などという、生身の人間には具体的に想像しづらい距離が出てきていたものだ。

 こっちの世界ではどうなのだろう。

 いくつかの、文明がある星を渡り歩くのに、どういう方法を取るのだろう。

 まさか、本当に何千万年かけて進むとは思えないが。

 

「ああ、あなたがたの仰るところの『ワープ』はどういうものか存じておりますよ。もちろん、この『女神の花籠号』でも使用できます。ただし、この旅では、使用が制限される区域があるのです。通常の、魔子エンジン推進に頼って一定区間進まないと……ということですわね」

 

 簡潔な莉央莉恵の説明に、冴ははあっと溜息を落とした。

 簡単にはいかないと思っていたが、いきなりだ。

 

「……なんつーか、規模は壮大だが、スタンプラリーに参加している気分になってきたな……」

 子供の頃、一度だけ参加したそのイベントを、冴はこの異なる宇宙に投影したくなってきた。確かあの時は、急行ではなく鈍行列車にわざわざ乗って、一駅ずつスタンプを集めるとか、そんなイベントだったような。

 

 と。

 

 突如、艦橋にけたたましい音が響き渡った。

 地球で言うところの警戒音、サイレンのようなものかも知れない。

 空間が赤と青に明滅する。

 

『前方より思念伝達。ただちに停船し、思念通話チャンネルを開くように要請』

 

 合成音とは思えない滑らかな女の声が、全く似合っていない物騒な内容を伝えてきた。

「おい、こりゃあ……!!」

 冴の顔がやにわに引き締まった。

「あー。こりゃ予想外」

 こんな時でものほほんと、希亜世羅は呟いた。

「海賊みたいなもんだね、地球で言えば。多分、この船が何か分かっていない――莉央莉恵。停船して思念通話チャンネルを開いて」

 彼女は素早く決断し、部下にそう指示した。

 その艶麗な顔には笑みすら浮かんでいる。

 物問いたげな冴に向かい、

「地球で言うなら停船して通信に応じろってこと。さて、どんな人たちかな?」

 

 目の前の空間に、スクリーンが投影され、人影が浮かび上がった。

 

 磨き上げた瑠璃のように青い、深みのある肌色をした人間型のその人影から、割れるような声が響いた。

 

「侵入者に告ぐ!! この宙域は裁神《さいしん》ビシェイエ様が封鎖している!! ただちに立ち去れ!!」

 

 希亜世羅が目をまん丸に見開き、冴が眉をひそめ、莉央莉恵と伽々羅が顔を見合せ、棘山は苛立たし気に唸った。

 

 この中の誰も見たことのないその若い男の姿に似た存在は、自分の要求が通るのが当然だと言わんばかりに、傲然と思念通話チャンネルの向こうから睨《ね》めつけてきた。