28 推理

「ここ最近、外部からこの領地『月夜が原』にやって来たのは五人。首都『常春の都』から来た、異常を調査する役目を負わされた学者と、その助手、そして護衛の兵士。そして、行商人の二人組が城下町にいるはずだ」

 

 残照が窓から差し込む、領主アーヴィングの応接間である。

 私的な客人用の円卓に、グレイディたちは着座している。

 領主アーヴィングの隣に公妃マリアム、向かいにグレイディとアンディ。

 真砂たちは、それぞれ彼らを囲むように着座する。

 ちなみにナギだけは、マリアムにモフられている。

 

「しかしな。この妖精郷の内部では、そんなに厳格に住人の移動を規制している訳ではない。翅があるような者が多い、何と言っても妖精なのだ。地上に住んでいるとも限らないのだよ。首都から来た学者を除けば、行商人というのも、城にものを売りに来た者というだけでな」

 

 街中に出入りする一般の行商人や芸人の類は、いちいち身元を確認している訳ではない。

 アーヴィングは大きくため息をつく。

 

 グレイディは、ぎゅっと眉をひそめて、遠い伯父を見る。

 

「アーヴィング様、首都からおいでになった学者という人が気になる……。まだこの城に……?」

 

 アーヴィングはうなずく。

 

「ああ。お前たちに引き合わせようと思っていたのだ。しかし、彼も容疑者なのか」

 

 グレイディは言いにくそうであったが、きっぱりうなずく。

 

「……この辺りは、キノコ獣の被害が比較的遅かったと聞いた……すると、ここから始まった訳はない……外部から来た何者かが、キノコ獣の素を持ち込んだはずだ……」

 

 天名が、軽く身を乗り出すように。

 

「失礼だが、領主殿。その学者殿はどういう方か、どの程度ご存知であらせられるか?」

 

 アーヴィングはわずかに逡巡し、思い切ったように。

 

「妖精郷では、変わった経歴といえば変わった経歴の方なのだ。彼は、妖精ではなく魔法使い、しかも、人間出身の魔法使いだ」

 

 天名ばかりか、グレイディもアンディも、真砂も百合子も、冴祥も暁烏も興味を引かれたようだ。

 ナギもニャアと鳴く。

 

「領主殿。その魔法使い殿はいつごろ、どうやって妖精郷に? 最近おいでになった方なのか?」

 

 天名が突っ込むと、アーヴィングはいや、と首を横に振る。

 

「妖精郷に受け入れられたのは、今から150年近く前、産業革命期のあたりのことだと自分で話していたな。何でも、魔法使いとして、人間界にもう居場所がないと実感するようなことがあったからだとか」

 

 へえ、と呟いたのは冴祥。

 

「何か人間界に恨みを持っている可能性もありますね。何せ、世界ごと捨てて来たっていうことでしょう?」

 

 百合子は、ふと横で推理を聞きながら、世界的に有名な、某闇の魔術師を思い出してしまう。

 

「領主様。魔法使い殿について、詳しく何があったかまでは、お聞きになっていないってことですか?」

 

 真砂が確認すると、アーヴィングはうなずく。

 

「流石にそんなことをほじくり返すのは気が引ける。しかも、彼はキノコ獣事件において、汚染された土地の浄化を行う魔法薬を作れる者のうちの一人なのだ。わざわざ汚染した土地を浄化するとは、どうも腑に落ちない」

 

 一行は顔を見合わせたが、ナギがニャアと高らかに鳴く。

 

「それって、逆に怪しくないですか。自分が作り出したものなら、自分が解除できるようにしておくのは、当たり前ですよね?」

 

 と、ナギを撫でていたマリアムが、なだめるように彼女(彼?)をモフる。

 

「待って、そんなことを言うもんじゃないわ。彼は、キノコ獣に襲撃されて、かなりの怪我をしたことがあるそうよ。ああいうのは邪悪な魔法使いの使い魔の一種でしょう? 使い魔が主人を襲うのは、魔法理論的におかしいわ」

 

 そう言われると、確かに妙な話だと、妖精郷出身者以外にもわかる。

 彼らは顔を見合わせ、今共通で不審に思っていることの表明を、グレイディに託す。

 

「……アーヴィング様、その魔法使い殿は、何というお名前で、何が専門なのですか……?」

 

 アーヴィングはうなずく。

 

「彼の名前は、レイモンド・マギル。魔法薬の分野を得意とする魔法使いだ。首都の王宮では、妖精王の信頼も篤いそうだ。その信頼に応じて、彼はこの地に調査のため派遣されてきたはずだ」

 

 ふと、暁烏が呟く。

 

「魔法薬っていうと、アレだろ、どこでも何か薬草とか、キノコとか、一部鉱物とか、生き物の骨とか……」

 

 むっちゃ怪しいけど、逆に露骨に怪し過ぎて、何かおかしい。

 暁烏が腕組みすると、アンディが卓の反対側で同意する。

 

「そうだ、これじゃ、疑ってくれって言ってるようなもんだ。俺が犯人だったら、もっと上手く立ち回って、自分が疑われないようにするよ」

 

 百合子は、何かを感じてそわそわし始める。

 

「とにかく、一度ご本人に会ってお話を訊いてみないと。そういう人なら、もしかして犯人の見当がついているかも知れないですし」

 

 と。

 

 その時、いきなり冴祥が自分の周囲に鏡を展開する。

 その鏡の一つが、部屋の扉を映した時。

 

「きゃ……!!」

 

 小さな悲鳴が上がる。

 誰も手を触れていないのに、いきなり開け放たれた扉のすぐ外。

 ほっそりした美しい妖精の少女が、ぽかんとした表情で立ち尽くしていたのだった。