「これ、繋がりとかどうなっているんですかね……」
百合子は、際限もないように思える階段をやけくその勢いで登りながら、そんな風にこぼす。
鵜殿の何体目かのコピーを始末した後、階段を見つけて上階に向かった百合子たちだったが、そもそもその階段がおかしい。
百合子の記憶にあるような、階ごとに反転しながら、一直線に上下の階を繋いでいるのとは、明らかに違う。
思いがけぬ角度や長さに野放図に伸びながら、とんでもない場所を繋いでいる。
階段から降り立てば特定の階の入口というのではなく、長い階段を登った先に、部屋のドアが一つぽつんとあるだけ、などということがある。
階段の脇から階段ホールの空間であるはずの上下を見渡すと、熱帯のジャングルにはびこる蔦のように、無秩序な角度を描いて、あちこちの階段が伸び、思いがけないところに何階なのかもわからない床がある。
おかしい。
どう見ても五階建ての直方体のビルの構造ではない。
刻窟市民によく知られている市庁舎の構造や容積と、内部から見た構造や容積が、全く釣り合っていない。
「これが、あやかし山伏さんが持ち出したはずの、邪神くん由来の神器の力なんだろうねえ」
真砂が、雲でふわふわ階段の上を漂いながら、のんびりそんな評を下す。
「空間が適当に畳まれてこの建物に押し込まれているという訳だ。元のあの役場の建物とは違うよ」
百合子は、はああと盛大な溜息をこぼす。
「じゃあ、この建物って五階建てではなくなってるってことですか? 何階まであるんだろう?」
百合子は改めて階段脇から上階を見上げるが、五階の天井どころか、際限なく続く無秩序な階段が、上空の果てしない暗闇に飲み込まれて消えて行くのが見えるだけだ。
どう考えても、東京にある超高層ビルくらいの階数がなければおかしい。
「この階段の間を縫って、一気に最上階へという訳にはいかんぞ。わかっているとは思うが」
天名が釘を刺す。
「非常事態ということでおびき寄せられて、建物に詰めていた市職員たちが人質だからな。奴らを救出して安全な場所に匿わんといかん」
百合子は天名の淡々とした表情を下から見上げる。
「安全な場所というと……」
あやかし山伏が市内で暴れている今、確実に匿える「安全な場所」はどこにあるだろう。
「近くの山の中の、天狗道に一時匿ってもらうように話はつけてある。とにかく、職員を見つけるぞ」
百合子はまじまじと目を見開く。
これは。
「天狗の隠れ里というやつ!? あっ、本当にあるんですね!?」
「天狗が実在するなら、天狗の住処もあるに決まっておろう。とにかく、囚われた者たちを見つけるぞ」
百合子は一気にわくわくしてくる。
「あのー、天名さん、この件が終わったら、天狗さんたちの隠れ里を見学させてもらっても……」
うにょうにょしながら言い出した百合子を、天名が思わず見返す。
「……暢気な奴だな。この件が終わったら、隠れ里なんぞ好きなだけ見学させてやるから頑張れ」
百合子の顔がぱあっと輝く。
「ほんとですかっ!! やった!!」
張り切って階段を登り始める百合子を、真砂がけらけら笑って見送る。
「まあ、モチベーションが上がるのはいいことだよ。それより、あそこの扉さあ」
真砂が、百合子が足をかけた階段と反対の方向に伸びるもう一つの階段の先の扉を指し示す。
「ガラスから灯りが漏れてない?」
「あっ!! 誰かいるんですね!!」
百合子はようやく思い出したように、真砂にもらった雲の羽衣で、一直線に件の扉の前に飛んでくる。
天名も、真砂もそれぞれ宙を滑って近づく。
「……ふむ、確かに灯りが漏れているな」
今日日古びた、上部にガラスがはめ込まれた扉は、内部から薄明りを踊り場に投げかけている。
「……誰かいるんですかね……」
扉の前で声をひそめながら、百合子は真砂と天名に問いかける。
彼女たちのいる踊り場から続くその階層の床はかなり広く見える。
それなりの人数がいそうに思えるが、外から見た情報がどれだけ当てになるかは不明だ。
「……音は聞こえないな」
天名が扉に耳を近づけ、気配をうかがう。
「しかし、人間の気配はするぞ。それ以外にもいそうだが」
百合子ははたと目を瞬かせる。
「捕まった市職員の人たちと、見張り……ってことですかね?」
百合子は傾空を左手に構え、もう一つを腰の掛具に収めながら、右手を扉のノブにかける。
「……とりあえず、開けますよ……」
右手指に力を込める百合子。
「ああ、大丈夫、何か飛び出して来たら守ってやるから」
真砂が雲を湧き出させる。
百合子は、真砂、そして天名と顔を見合わせるとうなずき、そのまま思い切って扉を開く。
「え……?」
その部屋は、広い無機質な部屋である。
古い建物にありがちなくすんだリノリウムの床が、大宴会場並みに広い部屋の床を埋め尽くしているらしい。
とはいえ、それが確認できるのは、すぐ目の前に、灰色のスチールの机が鎮座しており、その上に置かれた読書灯のようなランプが黄色っぽい光を放っているからだ。
扉のガラスから見えたのは、この読書灯の光らしい。
部屋の隅は、どちらを向いても、遠くの闇の中に沈んで見えない。
「あの……すみません、どなたかいませんか~……?」
百合子が、思い切って声を張り上げるが、答えはない。
「おかしいねえ、人間の気配はあるんだよ? 誰かしらいるはずなんだけどな?」
真砂がきょろきょろ室内を見回し。
「……何か、別なのもいるけどね?」
夜目のそれほど効かない人間の百合子は、怪訝な顔だ。
「え、何が……」
「来るぞ構えろ!!」
天名が鋭く命じ、百合子ははっとする。
妙な音がしたのは、その時だ。
暗闇の中から、荒い息を吐くような、妙なかすれた声音と思しきもの。
「なに……何がいるの」
百合子はごくりと生唾を飲み込む。
スチール机の向こうに、百合子の目でも、何か蠢くものが見えてくる。
彼女はぎくりとする。
どこから現れたのだろう。
何か、ドブに似た匂いと、薬品臭に近いものが鼻を刺す。
うすぼんやりとした光の中に、妙な輪郭が見えてくる。
何かが蠢いている。
カクカクした何かと、蠢く何かが。
あれは何だ。
「……!!」
百合子は息を呑む。
そこにいたのは、出鱈目に金属のパーツを組み合わせたガラクタに、赤黒い触手のようなものが無数に絡みついた、異様な「何か」だったのだ。