「くっ!! 何だこいつら!!」
アンディは、稲光を放つ火の玉のようなエネルギー体を、その不気味な人形の群れに向けて放つ。
濃縮されたプラズマと言うべきアンディの球電は、着弾するや、広い通りを埋め尽くすマネキンじみた人形の一団の半分以上を焼き払う。
何とも形容しようのない異臭が漂い、地面の上には焼け焦げたプラスチックに似た黒っぽい物質が、路上に広がって煙を上げている。
沸騰するようにおかしな音を上げ、ぐらぐら煮えるように噴き上がりながら、それらは急速に溶けていく。
「傀儡術ね。あなた方には、馴染みがないでしょうね」
ソーリヤスタが、頭上を振り仰ぐ。
まるで木工のおもちゃを巨大化したような、デッサン人形じみた傀儡が豪雨のように降り注ごうとする。
この街の顔役の夜叉女、ソーリヤスタは、まさに街を護るべく行動を起こす。
つまり、手にしている薙刀を、頭上で虹を描くように打ち振る。
まるで小規模な夜明けのように。
曙色の光が扇状に広がり、頭上の傀儡を飲み込む。
それが水性絵具であったように。
曙色の光に傀儡が溶けて消え去る。
「……しかし……主……こいつらはどこから……操り人形というなら、操り手がいるはず……」
グレイディは、ソーリヤスタの背後を護るように、通りの反対側に体を向けている。
そちらからも押し寄せる煙の塊のような傀儡に、グレイディは術を発動させる。
きらきらした幻の蝶の群れが、流れる天の川のように、傀儡たちに降り立ち、推し包む。
途端に傀儡たちの体から奇妙な術に支えられた力が抜け、足元から崩れ落ちて、次々に路上に折り重なる。
瞬き一つ二つの間に、枯れ沢のように凸凹していた蝶の群れの煌めきが平坦となっていく。
まるで合図があったかのように蝶が飛び去ると、そこにわずかに残っていたのは、灰のような残骸ばかり。
それも風に吹き散らされ空気に溶けて、見る間に消えて行く。
「さて。この辺のは片付いたけど、多分これだけでは無意味でしょうね?」
ソーリヤスタが、優雅な腕を薙刀に絡めるように立つ。
もはや街の中心街の路上には、汚い残骸など残ってもいないが。
「主、グレイディの言う通りだ。これを操っている奴を見つけないと。傀儡をどこかで調達すれば、また来るんじゃないか?」
そもそも、これをやらかしている傀儡師って、どこのどいつで何が目的なんだ?
アンディは呻く。
街の中心部広場付近、住人は戦える者以外は広い邸宅に引きこもらせているが、いつまでもこのままで置いておける訳もない。
「やり方はあるわよ」
艶然と、ソーリヤスタは微笑む。
薙刀を右腕に高く掲げ。
「この神器『ソーリヤスタ』に!! この地を聖なる曙光で清めよ!!」
まるでそのもの自体が曙の光に染められた世界のような神器「ソーリヤスタ」が、深い青の昼の空に突き立つように。
と、その先端から曙色の光の柱が立つ。
街のはるか上空に到達するや、さながら局地的なオーロラのように、ゆらゆら揺らめく光の幕が、街全体を覆う。
緑色や白ではなく、曙色の優艶なオーロラだ。
アンディやグレイディは知らない。
今、ソーリヤスタの脳裏に、幼い子供の目で見た、遠い水平線を染める曙の雲があることを。
ソーリヤスタが自分と同じ名前を与えた神器が、かつて世界の美しさに触れて、心の奥にその聖性を刻み込んだ幼子の心の欠片であることを。
「これは……これなら邪術師は入って来られない……今、街の中にいるのなら……」
グレイディは、目くるめくオーロラを見上げながら思わず呻く。
と。
「え……何だ!?」
アンディが頭上、海の方向の空を見上げて叫ぶ。
そこも曙色のオーロラによって清められている部分であるが、そのオーロラを突っ切るようにして、何とも表現しようのない薄暗い色彩に見える何かが、海に向かって飛んでいく。
いや、暗いというのも黒いというのも、不正確となろう。
それを見てしまうと、まるで視力を奪われたように何かを「認識しなくなる」のだ。
アンディはぞっとする。
見たか!? というように、主と相棒を振り返る。
「大丈夫よ、二人とも」
グレイディは唖然としていたが、ソーリヤスタは落ち着き払って見える。
アンディがもの問いたげに口を開く前に。
「海の傍には……彼らがいるわ」
◇ ◆ ◇
「彼」は海辺に降り立つ。
どうにか、あの曙色の帳を抜けることができた。
危うく命を落としかねない衝撃に、とにかくまずは安全な場所に退避したのだ。
彼は自分の体を見下ろす。
あちこち焦げができた蘇芳の狩衣は、元の華麗さが損なわれてしまっている。
それでも体は無傷に近いのだから、我ながら状況対応能力は大したものだ。
こういう時に、長生きはするものだという戯言を言いたくなろうというもの。
彼は緩やかな歩みで、浜辺の岩の隙間に近づく。
そこに、ある。
人形だ。
用意した傀儡の中の一体ではあるのだが、特別な傀儡だ。
彼の姿と能力をそっくり写すもの。
この街を攻めるのに用意したものだが、期待通りの働きとは言い難かったのが辛いところ。
あの、常世の神に連れられた人外たちと神器使いに傷つけられてしまったのだ。
まいたようではあるが、油断はできない。
回収してすぐ逃走しないと。
「なるほど。君が本体だね?」
頭上から声がする。
はたと振り仰いだ彼はぎくりとする。
そこには、洋上の青を背景に、奇妙な一団が浮かんでいたのだ。
雲を纏う鉱物の女。
真紅の天狗姫。
そして、雲の絨毯というべきものに乗って浮かんでいる三人と一羽。
すなわち、太陽のような神器を構えた神器使い。
幻の鏡を従えた、数咲大霊。
輝く太刀を構える、付喪神の若武者。
ついでに、その前にちょこんと座っている、ウミネコに見える何か。
「ああ、あなたでしたか。人形使いというから、もしやと思っておりました」
数咲大霊が整った顔に怖い笑みを浮かべている。
「『人形遣い師慈濫(じらん)』さん」