6-2 焼け跡と推理

「そ、そんな……」

 

 目の前に広がる光景に、マイリーヤは呆然とする。

 ほっそりした足から力が抜け、炭の転がる地面に思わずへたりこむ。

 

「どういうこと……みんな、どこに行ったの……」

 

 彼らの目の前に広がっているのは、少し前まで「森の中の集落」であったであろう、焼け落ちた廃墟群だ。

 土台部分だけが石で、その他の大部分が木造であるその素朴な家屋は、すでに焦げた石の間に数本残った焼けぼっくい、という体のものがそこここに放置されているだけになっている。

 ここに暮らしていたであろう、妖精族と獣佳族、併せて二百人強ほどの住人はすでに影も形も見えない。

 焦げ跡に無残な焼死体、というのも覚悟していたが、隅々まで調べても、どこにも人の死骸らしきものは残されていなかった。それが、逆に不自然さを強調するのは言うまでもないことで。

 

 ここは、「眠る遺跡」と呼ばれるメロネリ遺跡からさほど離れていない、フォーリューンの森の中の村、森と同じフォーリューンと名付けられた村。

 こうした辺境によくある風景――妖精族と獣佳族が、共同で村を経営しているといった形式の、ささやかな村である。

 周囲を深い森に囲まれ、ぽかっと開いた空間に、同心円状の家並みが形作られていた、この地方では取り立てて珍しいというほどでもない村である。

 ちょっと他と違うのは、村の中央に「魔力の大樹」と呼ばれる、文字通り魔力を湛える性質のある大木がそびえていたことぐらいか。

 普段なら、この夕暮れの光の中で、夕餉前のゆったりした時間が流れていくはずのその村はすでに「無い」。

 村の中央の大樹を取り囲むように広がっている数十の家屋は、ひとつ残らず焼け跡だし、大樹の樹皮自体にも焼け焦げがあった。

 

 無論――この村にあった、マイリーヤとイティキラの実家も、他と同様焼け跡と化している。

 そこを探し回っても、幸運にか不運にか、彼女らの家人の遺骸は見つからない。

 

「これは……どういうことでやんすか?」

 

 安全な石造りの都会住まいで、こんな大規模な焼け跡など見たことがないジーニックが眉をひそめる。

 

「……確か、イティキラちゃんたちが野盗を追っ払った時に、幾棟か焼けたけど、村と村人自体は無事だったって話じゃないんでやすか?」

 

 困惑しきりのジーニックに、イティキラが荒い息で答える。

 

「……確かにそうだったんだよ!! この村を襲った野盗に火をかけられたけど魔法ですぐ消したし、あたいらが奴らを引き付けている間に村のみんなは避難して、ちょっとけが人が出たくらいで無事だったはずなんだ!!」

 

 イティキラの目が揺れている。

 涙を湛えた目を見られたくないからか、そっぽを向いて自分を落ち着かせようと呼吸を繰り返す。

 

「……しかし、これだけ徹底的に建造物が焼けているのに、死骸らしきものがない、というのは妙だな……」

 

 一瞬のショックはあったが、オディラギアス自身はすぐに平静さを取り戻した。

 冷静に状況を分析する。

 

「襲ってきた野盗の群れは、レルシェが丸ごと葬って、残っていなかったのであろう? すると、奴らが戻って来て仕返しを、という線はない訳だ。必然的に、それ以外の何者かが村を襲って村の住人を連れ出した後に村を焼いたとしか思えないが……」

 

 しかし、誰が何のためにそんなことを、と、彼の目に険しい色が宿った。

 

「妙ですぜ。別の野盗の群れが、そう連続して同じ場所にたまたま辿り着く、なんて思えねえし」

 

 ゼーベルは怪訝そうに朽ちた柱を見やった。

 

「遺跡の近くではあるが、ここの遺跡の機獣や古魔獣ってのは、森を焼かねえように、火は使わねえって話じゃなかったのか。それに、何故か連中、この村の側には近づかねえってことだから、奴らの可能性は薄い、と……」

 

「……恐らく、あたくしがマイリーヤとイティキラをここから連れ出してから、間もなくこの村はこういう状態になったようですわね。魔力を追跡いたしましたが、古びて分からないことが多いですわ」

 

 形の良い眉をきゅっと寄せて、レルシェントは口にした。

 

「ただ、魔物の魔力を強く感じるのですわ……魔力の痕跡だけを見た断片的な分析ですけど、何らかの魔物の仕業である可能性はかなり高いのですが……」

 

 しかし、レルシェントの知識の中に、この魔力の波長と一致する魔物のデータはない。

 メイダルにも、魔物はいる。

 人工的に造られたもの以外にも、特定区域の生態系を保つため、もしくは警備上の理由でそのままにされているものなど。

 しかし、一通り頭に叩き込んできたそうした魔物データと、残留魔力の波長が一致しない。

 恐らく、この辺りの固有種の可能性はかなり高いが、こんな人類じみたことを行う魔物がいるのだろうか。

 

「レルシェ」

 

 イティキラが呆然とした目のまま、近付いてきた。

 

「……みんな、死んだのかな? レルシェの魔力にはどんな反応があるの? 正直に言ってよ、泣かないから」

 

 声はわずかに震えているが、自分を抑えようとしている様子が感じ取れる。

 レルシェントは、殊更静かな声で告げた。

 

「……死の魔力はほとんど感じないわ。ここでこの村の方々が殺された訳ではないことは確かだと思うの」

 

「……ほんとう……」

 

 安堵した様子のイティキラに、レルシェントは更にうなずく。

 

「村が焼かれたから、自主的にどこかへ落ち延びたのか、それとも村を焼いた何者かに、村人がまとめてどこかへ連れ去られたのか……今の時点で考えられる可能性は、そのどちらかだと思うの」

 

 それは「村人が死んだ訳ではないかも知れない」示唆ではあったが、「無事だ」ということは意味しない。

 いきなり拠点を失って森の中で放り出されるのは、いくら自然と共に生きる獣佳族や妖精族にとっても、かなり厳しいはずだ。

 それに加え、もし何者かにまとめて連れ去られたのだとしたら、彼ら彼女らは、今頃どんな扱いを受けているのか。

 

 そのことを理解したイティキラは、もはやたまらなくなったように、駆けだそうとした。

 

「探しに――」

 

「よせっ!!」

 

 鋭い声で止めたのは、オディラギアス。

 

「もう、日が暮れる。いくら夜目の利く獣佳族とて、夜の森を探索するのは危険だ。明日、明るくなるまで待て!!」

 

「でもっ……!!」

 

 反発の声が跳ね上がるのを、止めたのは彼女の親友マイリーヤだった。

 

「……イティキラ、太守さんの言う通りだと思う。もし、魔物がうちの村の人たちを食べるかなにかするつもりだったら、みんなここで殺されていたと思う。どこかに連れてったってことは、何か別の目的があるんだ、きっと」

 

 それが何か分からないけど、とマイリーヤは震える声で付け加える。

 

「だから、多分、みんなどこかで生きてる。だから、そのためにもどこにいるのか、どういう風になっているのか、ちゃんと調べて確かめないと。無茶して動いて、ボクらまでまずいことになったら、みんなも危なくなるかも知れない」

 

 もし、ボクらが下手な動きをして、みんなを連れてった奴らを刺激したら。

 

 そう突きつけられて、イティキラははっとした顔になる。

 そして、マイリーヤの必死で感情を抑え、最善の手を取ろうとする姿を見て思い出す――彼女は、このフォーリューン村の、村長の娘なのだ。

 

「……この村の広場に『ソウの庭園』を設置して野営しましょう」

 

 レルシェントが静かな声で提案した。

 

「有り得る可能性を検討して、明日から村人の捜索のための計画を立てましょう。ひとまず、食事して少し休んで、落ち着きましょう」

 

 そう言われ、イティキラとマイリーヤは、顔を見合せてから、きっぱりとうなずいた。