8-18 遺跡にて

「おおっ、遺跡って、こうやって開けるのか!! 初めて見た!!」

 

 背後で身構えていた、クジャバリ龍震族の突撃部隊から、声が上がった。

 こんもりとした岩山のように見えるその石造建造物は、壁面のあちこち、そして屋根に当たる部分の一面に樹木が生い茂り、小高くなった森のようになっていた。レルシェントやオディラギアス、そしてイティキラやジーニックには、何だか古い神社の鎮守の森を連想させる。

 

 レルシェントの命令に応じて開いたのは、太い柱で囲まれた、遺跡の正面入り口だ。

 スフェイバ遺跡のそれのように、エネルギー障壁で覆われていたものは、レルシェントの号令一つであっさり身を開いた。

 

「皆様には、我ら霊宝族の遺したこうした遺跡は、何やら訳の分からない悪意に満ちた何か、のように思えるかも知れませんが……そういう訳でもないのですよ。結局、元はと言えば、こちらの世界の太守様の城塞みたいなものですわ」

 

 レルシェントが、にこやかに振り返った。

 彼女が霊宝族だということは、早い段階でクジャバリの龍震族の間には通知してあった。

 それに加え、オディラギアスが将来的に、彼女を妃にするつもりだとも。

 

 最初は戸惑った様子の龍震族護衛士たちだったが、自らの国の第八王子と、伝説の国の霊宝族巫女姫が、ごく自然に仲良くしている様子を見るうちに、違和感も薄れてきたようだ。

 

 ついでに、人間族のジーニックと、獣佳族のイティキラにも、接触当初のような違和感や警戒を表明する龍震族はすでにいない。

 ここに来るまで、そしてそれ以外のプライベートでも、ジーニックの商才と召喚術、イティキラの治癒魔術に何度も助けられ、彼らにかなりの思い入れを感じずにはいられない龍震族は多数に上った。

 ジーニックの人当たりの良さ、そしてイティキラの無邪気な率直さが、人気となったこととは、言うまでもない。

 

「さて、皆の者、いよいよ遺跡への突入だ!! ぬかるでないぞ、どんな仕掛けがあるか分からぬ!!」

 

 オディラギアスが、声を張り上げた。

 

「しかしだ、逆を返して言えば、この遺跡を攻略さえできれば、得るものは巨大だ。広がる肥沃な農地と、その管理権、我らの下僕や家畜として利用できる、機獣や古魔獣の所有権。そして、今しがた通り抜けて来た、居住地の居住権だ」

 

 更にオディラギアスは続けた。

 

「安楽な生活が手に入る。今までのように、多すぎる戦いで、休息の間もない、ということはなくなる。農地を狙う大型の草食魔物を倒し、富の源を守るのが、皆の者の役割となるであろう!!」

 

 龍震族護衛士たちの目が輝く。

 この王子は、今までと違うことを自分たちにもたらしてくれるという確信が出てくる。

 

 この人に従えば。

 実際、遺跡の鍵となる霊宝族の高位の女も、妃として連れて来たではないか?

 そして、その「鍵」により、遺跡は開いた。

 口先だけなどでは、絶対に、あり得ない。

 開いたのは遺跡の扉だけではなく、新たな時代かも知れない。

 

 ふと、イティキラが口を挟む。

 

「あんさー、遺跡を利用できて、その周りに住み着けると、いいよー、マジで!!」

 

 突撃部隊の面々の目が、愛らしい獣佳族少女に集まる。

 

「結構広い家に!! 一人に一体くらいの割合で、従僕型魔法生物(サーヴァント)がもらえるよ!! 家のこまごましたことに煩わされずに、好きなだけ稼げるよ!! 狩りに行くとか、採取に行くとかね!! あたいの地元、それでみんな楽になってる!!」

 

 ほう、という嘆声が聞こえた。

 

「ここが農地になるとするとでやすね、結構な数の野生動物や、魔物が押し寄せることが予想されるでやすよ」

 

 ひっそり、ジーニックも参戦する。

 

「そらそうでやすよね、森や草原の草木より、農作物の方が、食べたら美味しいに決まってやすから!! で、皆さんの出番でやす。狩り取って――素材と、肉にして、食う!! これが、新しいクジャバリ流ライフスタイルでやすよ!!」

 

 素材はあっしか、あっしみたいな商人に売るでやすよ……!! と促すと、むむっと何か思い出したような空気が流れた。

 

「……ボーダコーダ。倒すの厄介だけど、牙が素材として高値で買ってもらえるし、なんつったって、肉が美味いよね……」

 

 とある鮮やかなオレンジ色の鱗の龍震族女性が、ぽつりとこぼした。

 誰かの生唾を飲み込む音が大きく聞こえる。

 

 ボーダコーダというのは、ルゼロス国民なら子供でも知っている、巨大で凶暴であることで有名な魔物だった。

 基本的に草食ではあるが、マンモスと毛サイを合わせたような見た目に、六本ある牙が、魔力の炎で覆われていて、近付くのも危険な魔物である。

 ただ、滅法に肉は美味だとされ、またその魔力を帯びた牙は高品位の魔法素材として高価な商品となるので、非常に珍重されるのも確かであるのだ。

 

「……美味い。確かに、倒すのは厄介だが美味いな、あれ……」

 

 滅多にありつけない御馳走を思い出したのか、別の龍震族青年が溜息をこぼす。

 

「恐らく、この作戦が上手くいけば、ボーダコーダは、このクジャバリに広がることになる農地をめがけて押し寄せてくるでしょう。彼らは美味い植物に関して貪欲と聞いております」

 

 レルシェントが静かに解説を加えた。

 実際、かなり大型の魔物だというのに、ボーダコーダは繁殖力が高く、瞬く間に増えると言われていた。

 天敵である人類――特にこの辺りでは龍震族――が適度に間引かねば、あっという間に緑を食い尽くすとされる。

 

「ですから、残念ながら、遺跡を攻略したら、後は寝て過ごす、という訳には参りませんかと。お手数ですが、美味しいお肉は皆様にご調達いただきませんと」

 

 と、急に笑い声が湧き上がった。

 

「ああ。お妃様は、よく分かっておいででないんですな」

 

 突撃部隊護衛士の誰かが、笑いを含んだ声で返した。

 必ずしも嘲笑というわけではない、温かみのある親切な声音だ。

 

「我ら龍震族というのは、適度に『戦い』を行なわないと、体調が悪くなる種族なのですよ。今お妃様が仰ったような状況は、願ったり叶ったり。単に農作物が実るまで見てるなんて、退屈で死んでしまいますよ」

 

「あら、そうでしたの? それなら安心ですわ」

 

 ふふっと、軽やかに、レルシェントは微笑んだ。

 実際には、オディラギアスと接し、そして相応の数の龍震族系住人のいるメイダルの出身である彼女には、彼の言った内容くらいは把握しているが、何も波風を起こすことはあるまい。

 

「行くぞ。我が妃を、コアルームまで連れて行けば、攻略は完了だ。全員、隊列を!!」

 

 号令に従い、まるでよく訓練された軍隊のように整然と隊列を組む龍震族護衛士たちに囲まれ、オディラギアス、レルシェント、ジーニック、イティキラが並んだ。

 

「!! 皆さま、何か来ますわ!!」

 

 レルシェントの声に、全員が改めて武器を構える。

 遺跡奥に続く通路の薄闇が歪み、何かが這い出そうとしていた。