0 薄闇の中の取引

 薄暗い、部屋である。

 

 間接照明がぼんやり照らすその部屋の真ん中に、豪華なソファセットが鎮座している。

 表張りの布地の、金糸の唐草刺繍が浮かび上がってきらきら光る。

 闇に浮き沈みする、豪華な調度の真ん中に、男性らしき影が二つ。

 ソファに身を沈め、向きあっている。

 

 一人は、今日日奇妙な甲冑姿である。

 コスプレの類ではなく、実用に耐えてきたような、本格的な造りの代物。

 夜陰のような藍色の縅《おどし》に、金で華麗だが攻撃的な装飾。

 纏っている本人は、白皙の美貌の、若い男性――に見える。

 異様なまでに青白い肌は月の光に照らされた雪のよう。

 その肌に似つかわしい、端正な彫刻のような目鼻に、凝った粋な眼鏡をかけている。

 兜は被らず、目の前のテーブルに置かれたランプの明かりが照らす、冷たい表情が、何よりの防御か。

 ちら、と上がった唇の間から、真白く尖った牙が見え隠れ。

 

 反対側に座る男性――だろうか。

 かなり大柄なので、そう判断できるという程度の視覚情報しかない。

 全身、ぞろりとした、小袖を幾重にも重ねたような衣装である。

 袴らしきものも穿いているいるが、男性用の文様と女性用の文様が混在していて、どうにもどちらとも判断がつけがたい。

 とどめは、「死」のモチーフを華麗な刺繍で表現した、被衣《かずき》である。

 鳥が死骸から腐肉を食いちぎり、骸骨が川の中から上がってくる。

 髑髏が本尊として供養される、そんな被衣の影になっている顔は、闇がつまったように判別できない。

 

 被衣《かずき》の男性が、どこからともなく――本当に、空中から掴みだすように――小さいが豪奢な漆塗りの箱を取り出す。

 金箔の川が、ぬらりと光る。

 

「お約束のものです、これでも相応の験力のつもりのそれがしも、手に入れるのは骨でございましたわ」

 

 くぐもっているが、なぜか妙に耳につく声音で、被衣が笑う。

 足長の蜘蛛を思わせる、しかし、妙な優雅さも備えた骨ばって長い指が、大理石の天板のテーブルの上に漆塗りの箱を置く。優雅な膨らみのある上蓋を、手品のような滑らかな動きが取り去る――と、あでやかな輝きが空気を一変させる。

 

 甲冑の男性が、思わず身を乗り出す。

 

 絹のクッションに支えられて鎮座していたのは、極めて大振りの、壮絶な青の色彩を見せるダイヤモンドである。

 目を奪う凄艶な青は、まさに魂を奪うような問答無用の魅力だ。

 はて、200カラット程度は下らぬだろうか。

 自ら燐光を放つかのような、鬼火のような幻妖な青。

 

「これが……『マリー=アンジュ』……なるほど、この魔力は……」

 

 甲冑の男性が、流石に興奮を抑えきれない様子。

 響きの良い声で嘆声を漏らすと、その箱を手に取る。

「マリー=アンジュ」と呼ぶ、そのダイヤモンドを台座から外して、ランプの光に透かして燃やし尽くさんばかりの視線。

 

「これで、あなた様の願いは叶う。世界を煮るも焼くも思いのまま」

 

 ねっとりした口調で、そそのかすように、被衣の男性は口にする。

 

「ああ、礼を言おう。約束の金は振り込んでおく」

 

 すでにそんな言葉もどうでもいいかのように、熱心に「マリー=アンジュ」を見詰める甲冑の男性は、明らかに何か、それを通して遠くを見ているよう。

 

 その姿を、闇に塗りつぶされた顔の奥から、面白そうに眺めている被衣の意味をも、甲冑にはどうでもいいよう。