神魔部隊Oracle

「『特務部隊Oracle』……?」

 

 その全く耳慣れない名前を、人間の姿に戻った佳波は思わず呟いた。

 

 メフィストフェレスが使っている、在日米海軍司令部の執務室の隣。

 何か会議でもするような部屋が付属していた。

 そこで、佳波はその名を告げられた。

 

 Oracle.

 オラクル。

 神託。託宣という意味。

 軍部に所属する一部隊としては、奇妙な名称だ。

 机を挟んで向かい合っているメフィストフェレスも、隣に座るダイモンも、その特務部隊の一員だと、たった今聞かされた。

 ダイモンに撫でまわされているポトは、「そんなことだろうと思ったにゃ~~~~」と言ったきり、ごろごろ喉を鳴らしているだけだ。

 

「君をこの部隊に誘うために、私とダイモンは、わざわざ本国《アメリカ》から派遣されてきたんだ」

 

 メフィストフェレスは説明した。

 

「人外の者、悪魔、妖精、天使、魔物、そして古代の神々。そういった者たちを集めて、普通の人間では対抗しきれぬ超常的な事件に対抗するのが、この特務部隊『Oracle』の任務だ。本格的に活動を始めて四十年以上になる」

 

 滔々と、メフィストフェレスは説明を続ける。

 

「もちろん、一般人には秘密にされている。が、これは確かに、アメリカ軍の正式な一部隊だ。身分保障という点では、安心してほしい。契約書に目を通してもらえば、明白なことだが」

 

 佳波は、目の前に置かれた分厚い契約書類に目を通していく。

 英語の文書に、日本語訳が付属している。

 

「契約金は、この金額だ。そして、別途、こちらの金額が年俸として保証される」

 

 メフィストフェレスが示した金額は、まるで大リーガーのそれのようなものだった。

 

「条件は、日本国籍を離脱して、アメリカ国籍に移行すること。そして正式に部隊に所属後は、任務以外で海外に渡航する時は許可を得ること。居住地は、部隊の指示に従うこと。この条件は呑める?」

 

 佳波は迷うこともなかった。

 日本国籍にこだわるほど熱烈な愛国者という訳でなし、食っていけるどころか、恐らく今まで経験したこともないようなぜいたくな暮らしができるなら文句などあろうはずもない。

 仕事の方は、それなりに大変そうだが、しかし、様々な国や地域の神魔が集まるアメリカという国の特務部隊という方に、佳波は興味を惹かれた。

 

「部隊に所属すると、君はコードネームで呼ばれることになる。君のために用意されたコードネームは、『D9』(ディーナイン)。『Dragon of the 9』(9の龍)の略だ」

 

 ……まさか、自分にコードネームなんてものが付く日が来るとは。

 ただのメンヘラと思ったら、とんだ方向に話が転がったものだ。

 

「一つ質問があるんですが」

 

「なんだね? なんでも訊いてくれ」

 

 メフィストフェレスは、感触がいいと判断して上機嫌だ。

 

「ポトは、連れていけるんですか?」

 

 愛猫、というか相棒の猫又を見やり、佳波は尋ねた。

 

「無論。軍上層部は、君のようなタイプのサポート要員として、何名かの日本の人外は許可する意向だ」

 

 断言され、佳波はうなずいた。

 

「なら、文句ありません。『Oracle』に所属するのを、承諾いたします」

 

 メフィストフェレスは、満面の笑みを浮かべた。

 

「ようこそ、D9。では、この承諾書にサインを」

 

 差し出されたその書類に、佳波――いや、D9は、素早くペンを走らせた。

 

 隣でポトがにゃあと鳴き。

 メフィストフェレスとダイモンが、会心のハイタッチをしていた。