「父上、お聞き下さい!!」
オディラギアスは、声を張り上げた。
「我がルゼロス王国の国土をも蝕んでいる遺跡の害を取り除くには、それらを作った霊宝族の方々の協力が必要不可欠です。霊宝族との和解なくして、この国の未来はありません」
むっとしたような顔の父王に押し込むように、オディラギアスは熱い言葉を続けた。
これは、これだけははっきり言わねばならぬ。
「すでにどれだけの戦力が、遺跡対策に注力され、何の実りもない戦いに消耗しているか? もし、霊宝族の力を借りて、遺跡を無害化できるのならば、余った戦力をそっくりそのまま、生産的な分野に転用できるのです。この意味がお分かりでしょう」
父王は――ふん、と鼻を鳴らした。
「オディラギアス。そなたは随分と、この女に骨抜きにされたらしいのう?」
露骨な嘲り声にも、オディラギアスは揺るがなかった。
「お聞き下さい。そもそも、かの大戦の結果、霊宝族が地上を去ったのは、実に三千年の昔なのです。そのような大昔の遺恨を、今もって引きずるのが、果たして賢明な態度と言えるのでしょうか?」
よくお考え下さい、とオディラギアスは付け加える。
この愚かな王が、「考える」などということは千年経ってもあるまいが、ここで自分の考えをはっきりさせ、事態を認識する者を増やすことには意味がある。
「もし、過去にさかのぼって、一度でも矛を交えた種族とは永遠に憎みあわねばならないというなら、我ら龍震族は、他のいかなる種族とも友誼を結べないではありませんか。ほとんど全ての種族と、我らは戦ってきたのですから」
真正面から見詰めるオディラギアスの視線を、ローワラクトゥン王は煙たげに見返す。
やはり案の定というか、オディラギアスの言っていることの意味を理解していない。
それでも、オディラギアスは言葉を重ねた。
「我らが、霊宝族だけを、ここまで特別視して憎んできた理由を、考えたことがおありですか? 彼らの桁外れの魔力と知性、文明、そしてそれに伴う高い文化への羨望と嫉妬心。それ以外に彼らを憎む理由が何かありましょうか?」
それほどまでに羨むものなら、むしろ分け与えてくれるよう、国民のため、他国に頭を下げるのも、王の役割ではないのですか?
嫉妬など。
実に幼稚な、馬鹿げた感情でしかありません。
少なくとも、栄えある一国の統治者が、実りある取引を前に、後生大事に抱えているべき概念ではありません。
きっぱりオディラギアスが言い切ると、ローワラクトゥン王の顔色が変わった。
「黙れ!!」
びりびりと、周囲を震わす怒気が放たれた。
「貴様はやはり、この小賢しい女の腹から出た者よ!! 能書きがいちいち長いわ!!」
父王が、妾姫の一人であるはずのスリュエルミシェルに、仇のように指を突きつける。
びくりとしたスリュエルミシェルに、オディラギアスは目配せし、大丈夫だと伝える。
「お聞き下さい。これは能書きなどではありませぬ。現実の、今この瞬間にもある脅威の話です」
辛抱強く、オディラギアスは続けた。
「遺跡は古代の植民地、つまり人類種族が住まうに好適な場所に築かれているのは、ご存知の通りです。遺跡の脅威を取り去ることができれば、我らは更に版図と勢力を広げられるのです」
ちら、とダイデリアルスがどこかに視線をさまよわせたが、オディラギアスは気にしなかった。
「今の状況――少ない居住地を巡って、同種族や他種族とせせこましい奪い合いをして苦しい生活をする必要がなくなるかも知れないのです。そのためには、霊宝族の力はなんとしても必要。そのために、こちら、メイダルの高貴な方であるレルシェント殿下の信頼くらいは、国として勝ち得ねば」
どうして、メイダルの王家、そして国民の方々の信をえることができましょう?
かの国は、教育水準が高く、ごく普通の平民の子供でも、我らで言うなら大臣クラスの見識の高さがあると言いますぞ、とオディラギアスは畳みかける。
「霊宝族と、ばかりではありませぬ。他の種族との関係も課題です。我等龍震族に足りない部分を補ってもらうためにも、それ以外の種族の協力も絶対に必要なのです。それはこたびの旅で、私が痛感したことでもあります」
これは全くの本音。
自分はレルシェントは勿論のこと、ゼーベルに、マイリーヤに、ジーニックに、イティキラに助けられ、支えられて旅をここまで進められた。
彼らの誰一人欠けても、旅は上手く行かなかったであろう確信がある。
こうして長所を持ち寄って助け合うことこそ、神々が、わざわざ人類種族を六種族に分けて創造した意味だと、オディラギアスは内心で確信していた。
しかし。
「黙れ黙れ黙れ!!」
とうとう、ローワラクトゥン王は、かんしゃくを炸裂させた。
「下らぬ能書きばかり垂れおって!! 龍震族たる誇りを忘れ、他の種族に尻尾を振るうつけ者が!! やはり貴様は出来損ないでしかないわ!!」
オディラギアスは、がっくりと徒労の溜息をついた。
この愚かな王は、自分の枠の中から一歩も出てこない。
現実は、もっぱらその外に広がっているというのにだ。
統治者として、第一以前の大前提である資質、現実をありのままに見る能力にまるっきり欠けている。
今しも彼自身の立っている場所が崩れ、奈落の底に真っ逆さまになろうとしているのが、誤魔化しようのない現実なのだ。
なのに、そのことからは、ひたすらに目を逸らす。
私も、現実を認めねばなるまい。
オディラギアスは、静かに自分の中にあった一抹の甘えにとどめを刺し、息の根を止めた。
この男には、何一つ期待できない。
兄弟たちも同様だ。
この国を変えたいのなら、何から何まで自分でするしかない。
ぼんやりとした、古い記憶が浮かび上がってきた。
前の人生の記憶だ。
自分を、やたら目の仇にする上司がいた。
何となく気に食わないという理由で、できれば職場から追い出そうとすらしていた節のある、その上司。
なんだろう。
その低劣さと頑迷さが、目の前の父王とかぶる……
と、グールスデルゼスが屈みこみ、父王の耳元で何事か囁いた。
鷹揚に、彼はうなずく。
オディラギアスは、得も言われぬ悪い予感に囚われた。
「オディラギアスは、部屋で謹慎せい!! 他の者は牢だ!!」
白い龍の王子の顔から、血の気が引いた。
「お待ちください!!」