5 オカ研始動

「……行っちゃったね」

 

 千恵理が、やや呆けたように元喜の消えた出入り口を見詰めたまま。

 

「……嵐のような人だな。流石、天狗」

 

 こんな時でもわざとらしく、礼司はかっこよく腕組みする。

 

「あの……でも、どうすればいいんでしょう……?」

 

 誠弥が、困惑も露わにオカ研部員たちを見回す。

 

「彼、関わるなって言ってましたけど……でも、あんな危ないことを彼一人に押し付けていいんでしょうか? 助けないと……」

 

 あの首かじりの事件だけで、羽倉元喜が並の強さではないのはわかる。

 しかし、それでも相手は「ヤベエ」と彼が表現する厄介な相手らしい。

 天狗一族の内部でそれなりの地位にあるということは、部下でも使っている可能性はあるが、しかし、それも推測。

 あの性格なら、一人で動いている可能性は十分にある。

 

「……私に、心当たりがあります」

 

 紗羅が軽く眼鏡を直す。

 

「まあ、元喜くん以外の天狗さんたちとのコネなんですけど。彼等のうち誰かに接触して、彼らの一族内部ではどうなっているのか訊き出してみます。事件の事情も何か知っている可能性は高いですし」

 

 紗羅の言葉を聞いて、礼司はきゃらん、と音がしそうな仕草で、顎に手を当てる。

 

「熊野御堂くんには天狗一族に当たってもらおう。僕は、僕のコネがある。そちらを有効活用させてもらおうかな」

 

 ニヤリ、と笑う礼司に、紗羅がさりげなく突っ込む。

 

「大体どういうコネか見当はついてますけど、街中では気を付けてくださいね、部長。恐らく、今度の敵は今までの悪霊さんたちみたいな、脳筋で可愛い人たちではなさそうなので」

 

 礼司がますます笑みを深くし、わざとらしい角度で紗羅の顔を覗き込む。

 

「心配してくれているのかな、子猫ちゃん?」

 

 紗羅は冷たい顔で彼を見返すと。

 

「……黒猫って。黒魔術では生贄にされる人たちですよね……」

 

 ピキッ!! と礼司の表情が強張る。

 

「や、大丈夫だって大丈夫……多分……きっと……ははは。……早目に切り上げます!!」

 

「そうしてください」

 

 部長副部長の漫才を見物していた千恵理は、誠弥を覗き込む。

 

「ねえ。ちょっとこれから、付き合ってくれない? この件の情報をくれそうな人に心当たりがあるの」

 

 誠弥はきょとんと千恵理を見詰める。

 

「え、尾澤さんにもそういうコネが」

 

「……久し振りに大おじいちゃんに会いに行こうかと思って。この辺で起こった霊的事件なら、まず間違いなくチェックしてるはずだから、何か私たちの知らないことを知ってる可能性があるわ」

 

 こんな騒ぎを起こす強力な存在が、おじいちゃんの霊的探査網に引っ掛からないってことはないしね。

 多分、前にも何かやってるはず。

 

 千恵理がそう説明を続けると、誠弥はそわそわしだす。

 

「えっと、尾澤さんの大おじいちゃんっていう方って、いわゆる龍神様?」

 

「そう。筒沢池(つつさわいけ)の龍神様。何となく聞いたことあるでしょ?」

 

 千恵理の言葉を聞いて、誠弥は、この辺で育った子供なら誰でも聞いたことがある昔話を思い出す。

 その昔旱魃で地元が全滅しそうになった時、ある美しい娘が龍神様の妻になるのと引き換えに、龍神様が雨を降らせてくれたという筋立て。

 その龍神様は、まだ筒沢池に住んでいて、子孫たちを見守っている……と昔話は伝える。

 

「よし!! 決まりだな。早速取り掛かろう。今日の部活はここでお開きにして情報を当たったら直帰。後からメッセージアプリのグループトークで情報を交換しよう」

 

 礼司が珍しく部長らしく仕切り、全員がそれぞれの調査のため、帰り支度を始める。

 

「じゃあ、な。十分に注意したまえよ!! この場合、慎重こそ美徳だ!!」

 

「まずいと思ったらすぐ退避すること。特に誠弥くんは狙われやすいですからね。猶更注意を」

 

「部長も副部長も気を付けて。万が一の時には大おじいちゃんにかくまってもらうこともできるけど、その前に捕まったら元も子もないから」

 

「あ、あの、皆さんお気をつけて。僕も注意しますけど、今度は何か本当にまずい気がして」

 

 かくて、オカ研部員たちは動き出したのだった。