29 ドーリーンの供述

「えっ……えっ……あのっ……!!」

 

 その少女は、いきなり領主夫妻はじめその客人の視線に晒されて、驚いて立ちすくんでいる。

 少女の外見とはいえ、妖精では実年齢がいかほどかは判断しづらいが、百合子は、気の毒なくらいにうろたえているその様子を見た限り、実年齢も若いのではないかと見当を付ける。

 

「そなたは……レイモンド博士の助手? ここで何をしている?」

 

 領主であるアーヴィングが、怪訝そうに眼を光らせながら、椅子から立ち上がる。

 

「助手ってこんなに若い子だったんだ……」

 

「子供みてえに見えるからって、油断できねえぜ。その学者が怪しいなら、助手だって怪しいだろ」

 

 思わず百合子が呟くと、テーブルの向こうから暁烏がこちらも声を潜めて応じる。

 

 一行の視線を一身に受けているその少女姿の妖精は、人間の基準で表現するなら、15~16歳くらいに見える。

 栗色の髪に、薄いラベンダー色の小さな花を幾つも絡ませている。

 背中の翅は、真珠色の光沢を湛えた蝶の翅で、細身の体を、学者らしいローブ状の衣装で覆っている。

 髪の花と合わせた、ラベンダー色のブーツ。

 

「申し訳ございません、領主様。立ち聞きするつもりはございませんでした。ただ、御届け物が……」

 

 件の学者の助手だというその少女は、おずおずと巻紙を束ねたものを差し出す。

 側仕えの者が近づき、受け取ってから、うやうやしい態度で、近づいて来たアーヴィングに差し出す。

 

「これは……レイモンドからの報告書か。ふむ」

 

 アーヴィングは巻紙を広げてざっと目を通すと、筆跡と内容を確認したようである。

 眉をゆるめ、穏やかな口調に戻る。

 

「驚かして悪かったな。レイモンドはどうしている、だいぶ疲れているのではないか」

 

 助手の少女ははい、とうなずく。

 

「サンプルの調査が続いて魔力を消耗したらしく……少し休むと」

 

「そうか」

 

 アーヴィングは、傍の従僕に何やら耳打ちをし、従僕はそのまま、少女の脇をすり抜けて廊下へ出て行く。

 百合子たちには、彼がレイモンドを見張る手はずを整えるように申し付かったのだろうと見当が付く。

 

「ねえ、あなた。ドーリーンと、そういう名前だったわね?」

 

 公妃マリアムが、穏やかな声で呼びかける。

 ドーリーンと呼ばれた助手の少女は、従順にうなずき、はい、御妃様に覚えていただけるなど、身に余る光栄ですと頭を下げる。

 

「今回の件は入り組んでいて、色々な人にお話を訊いているのよ。あなたの話も参考になるかも知れないの。ちょっと入ってちょうだい」

 

「はい……」

 

 緊張の面持ちで、入室してきた少女の背後で、扉が閉まったのだった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

 改めまして、わたくしはドーリーンと申します。

 レイモンド博士の助手をしております。

 

 レイモンド博士の助手になった理由ですか?

 実は、わたくしは、人間界にいたことがあるんです。

 いわゆる、「取り換え子」というもので……両親の妖精が、本来「ドーリーン」だったはずの誰かをさらって、私を置いて行ったんです。

 私は人間界で、人間の両親に育てられました。

 でも、やはり人間界では色々不都合があって……翅も隠しきれなくなってきたので、妖精郷に移住したんです。

 

 しばらく王都で過ごしていましたが、たまたま街中で薬草売りをしていた時に、レイモンド博士の研究に関わったことがありまして。

 博士に拾ってもらって、彼の助手に。

 薬草の知識があって、人間界の話ができる人は貴重だからと。

 

 え?

 レイモンド博士は、人間と人間界を恨んでいたのではないか?

 

 ……ええと、そういうことはないと思います。

 確かにちょっと複雑な思いはあるようですが、結構裕福な家にお生まれになったらしくて、勉強は好きなだけさせてもらえたと。

 正直会いたい人もいたんだけど、もう生きてはいないだろうって。

 それは懐かしそうに。

 ただ、一部の人間の扱いは酷いことになってたんだけど、今は少しはマシなんだろうかと。

 そういうことは話したことがございます。

 

 普段の研究や調査ですか?

 ええ、ここ二年くらいは、あのキノコ獣のことにかかりきりで。

 誰があんな恐ろしいものを発明したのかと。

 独自に犯人捜し的なことも一緒にしたことがあるんですが、全く空振りで。

 化け物キノコの浸食速度が速くなっているから、何とか犯人を捜して種菌を回収し、やめさせないとって。

 

 はい、博士の調査では、本来妖精郷にないない何かが使われているんじゃないかと。

 それが何なのかはわからないけど、外部と繋がっている者も疑った方がいいのかも知れないと。

 博士やわたくしみたいに、人間界と関わりがある者はちょくちょく妖精郷にもいますけど、単純に「人間界由来の魔術」ではないんじゃないかって。

 博士も人間界にいた頃、魔術を研究しておいる人と交流があったって聞いてましたけど、こういう術は記憶にない、と……。

 

 結局、犯人捜しの成果はどうかと?

 最初は、博士は、妖精郷のあちこちを移動するタイプの人が怪しいって思っていて、王都でも旅芸人とか行商人とかを中心に調べたのですが……。

 考えてみれば、みんな妖精だから、そういう職業の人に限らず、みんな空を飛んだり、川を遡ったり、泉や石を伝ったりして自在に移動するから、そういう視点での犯人捜しは無意味だったと。

 私や博士は人間界にいた頃の癖が抜けなくて、移動しがちな職業の人に限ってしまうんですけど、妖精郷では全く意味のない区分なんですよね。

 

 でも、妖精郷自体と外部の接触は限られているはずだから、その辺を調査する価値はあると、妖精王にも。

 

 

◇ ◆ ◇

 

 

「ふむ。なるほど」

 

 壁際の椅子に座らされているドーリーンに、冴祥が近づいた。

 彼の体の周囲に、鏡が展開する。

 

「さ、冴祥さん……?」

 

 百合子が言う前に、冴祥の鏡がドーリーンを照らして輝く。

 彼女は目を細め眩しそうに。

 

「ふむ。彼女はシロですね」

 

 冴祥が、興味深そうに、鏡を手にする。