16 剣舞

 暁烏が、流れる光のように、太刀を閃かせる。

 ブロードソードで受けるグレイディとの間に、鋼を打ち合わせる高い音が響き渡る。

 

 それは、それぞれ流派の違う剣舞のような恐ろしくも美しい光景である。

 地面ではなく、それぞれのやり方の空中戦だ。

 上下左右、縦横無尽に飛び回り、すれ違いざまに刀を打ち合わせる。

 

「ハッ!!」

 

 裂帛の気合と共に、暁烏の打ち振った太刀から、光の帯が、レーザー砲のように伸びる。

 が、それが突っ込んだのは、グレイディではない。

 空中に忽然と出現した、輝く七色の蝶の群れだ。

 光でできた幻の蝶は、光の太刀筋を群れで飲み込み、ばらばらの光に分解する。

 

「……いい腕だ……。だが、妖精を甘く見るなよ……」

 

 飛び散る光の粒子は、更に霧の粒子のように細かくなり、暁烏を押し包む。

 

「!?」

 

 突如、光る霧の中から、無数の黄金の針が出現する。

 

「ぐっ!?」

 

 暁烏は驚くべき速度で霧からの脱出を試みるが、左の太ももが袴ごと抉られる。

 

「あ、暁烏さん……!! えっ、強いですよあのグレイディって人!!」

 

 下で唖然と見上げるばかりだった百合子は、仲間たちを振り返る。

 冴祥が、ニヤリと不敵な笑みを見せる。

 

「ま、ここまでは様子見ですよ。伝説の太刀が、こんな弱い訳がないでしょう?」

 

 いっそ、傾空で、あの妖精の首を刎ね飛ばして、暁烏を助けようと本気で考えていた百合子は、思わず再度上空を見上げる。

 暁烏が太刀を掲げ……

 

「えええっ!?」

 

 百合子は悲鳴を上げ、思わず飛びのく。

 

 瑠璃色の空の一角が輝いたかと思いきや、空の全てが輝き出し、まるでとんでもなく巨大化した太陽のような猛烈な光を放つ何かが、空中も地上も薙ぎ払う。

 

 周囲の建物こそ何故か壊れなかったものの、百合子たちが先ほどまでいた路上には、凄まじい光の柱が立つ。

 

 視界が真っ白に灼ける。

 

「ふう。大丈夫かい? 仲間が心配なのは仕方ないが、自分の身も考えないとね」

 

 百合子の首根っこを掴んで、一気に数mも下がっていた真砂が、ふんわり雲の絨毯に、彼女を座らせて元の位置に近づく。

 

「えっ!? 暁烏さん!? 天名さん!? 冴祥さん!?」

 

 百合子がはっと振り返ると、真紅の翼と、輝く鏡の乱反射が目に入る。

 

「あの小僧、なかなかやる。あの妖精も不運だな」

 

「……六。天地、完全、守られたるもの」

 

 幻の鏡を引き連れた冴祥が、ふらふら地上に落下しようとしている、ぼろぼろの妖精に向け、数霊を送る。

 まるで賽子のような立方体の空間が、傷ついたグレイディを包み込む。

 灼けて泡立つ石畳の熱気から護られ、彼はぐったりしたまま、宙に浮く立方体の中に横たわる。

 

「グレイディ!?」

 

 咄嗟に飛んで、灼熱の光から逃れていたアンディが、グレイディを包む立方体に滑るように近づく。

 

「おい、グレイディ、しっかり……」

 

「ああ、はいはい。勝負あったね。グレイディくんはよく頑張ったよ」

 

 真砂が、いつの間にか立方体の傍に飛来している。

 纏う雲を羽衣をたぐるように引き延ばし、「六」の図形に触れさせる。

 それが味方だと、図形自体が識別したかのように、うっすら光る立方体が、雲を内部に引き込む。

 ふんわり綿帽子のような雲が、ぼろぼろで翅もほとんどなくなったようなグレイディに纏い付く。

 その途端、雲がグレイディの全身に吸い込まれていく。

 さながら、乾いた土に、水が吸い込まれるように。

 グレイディのぐったりした腕が、かすかに動いたのが見える。

 

「グレイディ!?」

 

 アンディが立方体を叩く。

 グレイディが再生した翅で空中に立ち上がるのと同時に、立方体が弾けたように消える。

 後には何事もなかったかのようなグレイディがぽかんとしている。

 

「うっしゃ、俺の勝ちだな!!」

 

 暁烏が、宙を滑ってグレイディとアンディに近づく。

 二人は緊張の面持ちで、暁烏を見返す。

 

「俺が勝ったんだから、約束通り要求を聞けよな。まずお前らの主について……」

 

 顔を強張らせたグレイディとアンディの背後から、声がかけられたのはその時。

 

「あっ、あの……!! 申し上げます、真砂様、天名様、百合子様、冴祥様、暁烏様……!!」

 

 場違いなくらいにいたいけな声に思わず振り返った先に、恐らく13か14くらいの、小麦色の肌の美しい少女が見える。

 夜叉族の証の象牙のような鋭い角が、額に二本。

 

「我が主、ソーリヤスタより伝言にございます。『誤解していて申し訳なかった、緊急のお話があるので、是非我が屋敷にいらしてほしい、常世凪嘴命はご無事である』と」

 

 恐らく、話が違ったのだろう。

 アンディとグレイディが顔を見合わせ。

 百合子も、真砂も、天名も、冴祥も、暁烏も、状況が違って来たことを感じ取って、素早く目を見交わしたのであった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

「ふにゅふにゅ。お魚うんまい!!」

 

「「「「「おい」」」」」

 

 あの決戦の場所から、そんなに離れていない、ソーリヤスタの屋敷は、冴祥の紹介通りに豪壮なものであったが。

 

 その内部、客間でなく、ソーリヤスタ自身の私室に通された一行は、ナギと再会したのであるが。

 およそ人質という言葉からほど遠い、間違いなく餌付けされる鳥でしかないナギの姿に、全員が脱力する。

 

 古代インド風の調度のソーリヤスタの部屋の真ん中、彫刻を施したテーブルと椅子のセット。

 ナギは、そのテーブルの天板の上に、丁寧に盛り付けた、日本風に言うなら刺身の山をつつきまくってご満悦。

 その前に、翡翠色の肌ので、緑がかった金髪の、豊満な肢体を薄物で包んだ豪奢で美しい女が座って、かいがいしくナギの嘴に餌を運んでやっている。

 夜叉族である証に、金色の角が、額に二本そそり立って野性的な美を強調している。

 

「ああ、可愛い……トリなのに魚臭い……」

 

「あ、あの、ソーリヤスタ様……」

 

 アンディが恐る恐るという調子で、主に問いかける。

 隣のグレイディは、どこか青ざめた顔で固まったまま。

 

「ああっ、皆さん、ようこそ!! すみません、取り締まりに来られたのかと誤解いたしまして……」

 

 オホホと笑ってごまかすソーリヤスタに、全員が改めて顔を見合わせ。

 

「ソーリヤスタとかいったな。これはどういうことなのか説明してもらおうか」

 

 かなり怖い顔の天名が、呆気にとられる全員を代表して、そう突きつけたのだった。