被害があった森の中の一角を元に戻すのは、呆気ない程簡単である。
白と緑を基調にした、薄手の妖精らしい衣装の妖精の男女が、どこからともなく飛来したのである。
淡い若草色の輝くような髪に、陽の光のような金色の粒子がきらめく。
彼らの瞳は濃淡もあるが、翡翠にも似た緑色で、ひそやかな生命を感じさせる。
百合の花のような、緑みを含んだ白い肌が、妖精であることを主張する。
背中には、水辺の蜉蝣のような白い翅が、これも緑みを含んで光を返す。
グレイディの説明によれば、この辺りの住人である、緑と生命の妖精なのだそうであるが、彼らは妖精らしく、軽やかに大きな魔法を使う。
「わあ……えっ、こんなにあっさり!?」
百合子が被害のあった森の縁で、目を丸くしたのも道理。
四人ほどいる緑と生命の妖精は、森の中で白い指を振るって指揮するように魔法を発動させる。
奇怪な菌類に侵蝕された森は、彼らが巻き起こす輝く風のような魔法触れるや、どろどろになっていた菌類が光の粒に帰して風に溶ける。
次いで、蝕まれていた樹木や下生えが、まるで植物の成長を早回しで観察する時のように、ふっさりした鮮やかで健全な緑に戻る。
彼らが生命の風を巻き起こした部分から、あっさり森は再生する。
恐らく数分程度、森は何事もなかったように、妖精郷の風にそよいでいる。
緑の合間には、柔らかな色彩の花がところどころに、不思議と、林檎に似た、金色で緑の斑点も入っている果実も葉の間に実っており、ここが妖精郷だという事実を実感させる。
「ほう。話には聞いていたが、緑と生命に関する妖精の魔法というのは、本当に見事なものだな」
自身も術者として長年修業している天名は、軽やかに行われたその再生劇が、どれほどの魔力に支えられているか、正確に見て取る。
百合子の隣で、天狗らしく興味深そうに、見慣れない魔法を記憶しようとしているようだ。
「……緑と生命もそうだけど……妖精は色々な系統の者が沢山いる……大抵のことは魔法でどうにでもなる……万能なんだ……それが妖精郷……」
グレイディは、天名の言葉が耳に入ったのか、そう彼女に応じる。
彼の隣で、アンディがすっかり元に戻った、彼の故郷と違う、冷涼な気候の淑やかな森を見回して、興味深く、しかしわずかな不審の色を浮かべる。
「こんなにあっさり元に戻るんだったら、これをやらかした奴らの行動って、ほとんど何の意味もないんじゃないのか? 何でこんなことをしているんだろうな?」
「そう思うでしょうね、異国の坊や? でも、そうでもない可能性もあるのよ」
風に乗って近づいて来た、緑と生命の妖精の一人、ほっそりした、髪を短くした女性が、空中をふわりと飛んで近づいて来る。
彼女の足下で、彼女が再生させた、森の中の、名前も知らぬ、ガラス細工みたいな繊細な花が、風に揺れて淡い香りを放つ。
「えっ……それってどういう?」
アンディは森を再生させた本人に自分の、見れば推察できるような予想を否定されて困惑しきり。
「私ね、ちょっと遠くの街に出向いた時に、襲われたその近辺の森の再生を手伝ったことがあるんだけど……その時と比べて、早くなってるのよ」
緑の妖精は、端正な眉をぎゅっと寄せている。
アンディは、隣のグレイディと顔を見合わせる。
グレイディの緊張が、視線と表情を通じて、アンディに伝わる。
「……早くなっているとは……どういうことだ……?」
アンディではなく、グレイディが問う。
「あの化け物キノコがね。森や建物を食い尽くす速度が速くなっているの。前の時は、発見されてから食い尽くすまで数日かかってて、その間に対策できたんだけど……」
緑の妖精が、溜息をつく。
グレイディが更に突っ込んで尋ねる。
「……これは、発見されてからああなるまで、どのくらいだったんだ……?」
「六時間くらい。朝食後に森で遊んでいた子供が、見慣れない大きなキノコを見つけて、昼過ぎに親に知らせて、親が見に行った時には」
その言葉に、グレイディとアンディはもちろん、天名も、百合子も、真砂も、冴祥も暁烏も、冴祥に抱えられたナギもぎくりとした顔を見合わせる。
「なるほど。この化け物キノコを撒き散らしている奴が、短期間に品種改良しているか、キノコが自ら進化しているのか」
真砂は唇に指を当てて考え込む。
「間違いありません!! さっきの化け物キノコ、『神封じの石』を使って作られていまーーーす!!」
ナギがニャアニャア喚き出す。
「えっ、マジ!? やっぱり誰かが神封じの石を使った神器をこの国にも持ち込んだってこと!?」
でもこの国って、部外者目立つよな?
俺たちもかなり目立ってるけど、グレイディの同行者だから咎められないだけだろ?
暁烏はどういうことなのかと首を傾げる。
「つまり、元々内部の者、妖精のどなたかが、『神封じの石』に手を出した可能性が高いのです。その際に外部と接触したはずですが、その時はばれなかった。どういう立場の人なら、そういうことができたか」
冴祥が推理を巡らす。
手の中のナギをもふもふ。
「とにかく……この辺りの領主の方にお会いして、ご挨拶と共に、『神封じの石』を使った神器の捜索を許可してもらいたいところですね」
◇ ◆ ◇
月の美しい、妖精郷の夜である。
森の端、ささやかな泉の傍で、グレイディが月を見上げる。
うねる茎に丸いつやつやした葉の付いた草が、先端の月光が凝ったような花を夜空に掲げている。
少しアヤメに似た花が、白と青の微光を放って、泉の水面を照らす。
周囲には、燐光を放つ、息を呑むような美しい蝶が、ゆっくりと舞っていて、ぞくりとするほどに、妖精郷の夜を美しくしている。
グレイディは、月を見上げてから、泉のゆらゆらする表面の月光に目を落とす。
何か、悩んでいるようにも見える、その表情。
「グレイディ?」
背後から声をかけられて、グレイディは振り向く。
「……真砂……天名……」