8-25 英雄たちの糾弾

「ええっと、つまり、今みたいに世界がぎくしゃくする種を蒔いたのは、あなた様ってことでいいんでやすかね、アーティニフル様?」

 

 珍しく、据わった鋭い目で、ジーニックが、己を創造した神を睨みつけた。

 

「……控えめに言わせてもらいやすけど。最低でやすね……」

 

 彼らしくもない、救いのない苦さの言葉を吐き出し、深い溜息をつく。

 まるで見えない針に突き通されたかのように、アーティニフルが激しい勢いで顔を上げた。

 

「おま……っ!! ぼ、僕だってなあ、別に好き好んであんなことした訳じゃ……!! オルストゥーラが僕らを馬鹿にするから……!!」

 

「その原因を作ったのは、あなた様じゃないんですかい?」

 

 いっそ、同情的とすら表現できそうな声でジーニックは問いかけた。

 

「あなた様の場合は、馬鹿にするどころか、オルストゥーラ様と霊宝族の方々を、明確に奴隷化しようとしたんでやすよね? そしたらブチ切れられてしっぺ返しされたって話でやしょう? 同情の余地がまるでないでやすよね?」

 

 ぐぅっ、と苦し気に、アーティニフルの喉が鳴った。

 まるで地上を歩いているチャラチャラした小僧っ子のように、落ち着きのない仕草で視線を彷徨わせる。

 およそ有難みも重みも感じられないその姿を見て、ジーニックは再度深い溜息をついた。

 

「……子供の頃はね。結構、あなた様に対して真面目にお祈りしてたでやすよ、あっしは」

 

「……ああ、知ってる」

 

 突如何を言い出すのかという顔で、アーティニフルは自らの種族の肉体を与えたその青年を見た。

 

「……その祈りは、全部、無駄だったんでやすね。今になって実感しやした」

 

 いきなり言われ、アーティニフルはまじまじと目を見開いた。

 

「だって、そうでやしょう? しょっちゅう顔を突き合わせている仲間とも兄弟姉妹とも言える相手に、そんな無慈悲なことが平気でできるようなお方が、ゲームの道具でしかないあっしみたいな者に、真面目に同情するはずないでやすよね?」

 

 いや、それは……と言いかけて、アーティニフルは顔を歪めて口をつむぐ。

 何をどう言っても、言い繕うことにもならないと、卑しくも神なら分かる。

 

 

「世界龍バイドレル、我が父なる神よ」

 

 憤りを抑え込んだ深く低い声で、オディラギアスがテーブルに着いたままうつむく大きな影に呼びかけた。

 

「私も、よくあなたに祈った。白い鱗の自分にも、何かを成し遂げる力を与えたまえと。そして、あなたの教えを忠実に守った――卑怯な真似はするな。戦士として常に堂々とせよ。戦う敵に敬意を払え。しかし」

 

 バイドレルは、次の言葉を予測したように、瞑目した。

 

「あなた自身が、その教えを裏切っていたという訳ですな。ご自身でも信じていない教義を、あなたは不誠実極まる態度で、自分の支配種族をコントロールするためだけに、我らに押し付けた」

 

 溶岩がたぎるように深く凶悪な怒りを湛えた声が、叩き付けられた。

 

「……これは、神の態度ではない!! 詐欺師の態度だ!!」

 

 がっくりと。

 六大神の中で最も威厳溢れる神はたくましい肩を落とした。

 

「……何と言われても、仕方ないと思っている、我が子よ。その通りだ。我らは悪辣極まる罪を犯したのだ」

 

 

 きっと、白い獅子の下半身の男神を見据えたのはイティキラ。

 

「何でだよ!? 何でそんな馬鹿なことしたんだ!? 何で他の神様たちを止めなかったんだ!? よってたかってオルストゥーラ様をいじめるようなことをしたのは何でなんだ!? さっぱり分かんないよ!!」

 

 黄金の豹の娘に吼えられて、イティリケルリテも男臭い顔をうつむかせた。

 

「……そなたは、レルシェントが自分よりも賢く、何歩も先を行っているからといって、それが不愉快になったりはせんのだろう。……当たり前だ。そういう魂を、拾い上げたのだから」

 

 イティキラは、敵対的な調子で、はぁ!? と洩らした。

 

「だが、当時のわしには、それができなんだ。自分と自分の種族が、劣っているように感じてしまった。親切にされればされるほど、お前は駄目な奴だと言われているような気がして、それで」

 

「何だよ、それ!? ただの僻みじゃないか!!」

 

 一言で切り捨てられ、イティリケルリテは虚ろにうなずいた。

 

「その通りだ。人を僻むことはならぬ、僻みは魂を歪ませるから、大地と一体となり大らかに生きよと教えたわしが、その教えを自ら裏切った」

 

「この、偽善者!!!」

 

 罵声を投げつけられて、イティリケルリテは影のように沈黙した。

 じっと痛みに耐えるかのように瞑目し、滝の水を頭から浴びているかのように動かない。

 

 

「……神様とはいえ、女にこういうことは言いたくねえけどな」

 

 恐らく、今まで聞いた中で一番の不機嫌な声で、ゼーベルが唸る。

 視線の先には、艶やかな半蛇の女神、ビナトヒラート。

 

「あんたは最低だぜ、ビナトヒラートさんよ。確か、本来はオルストゥーラさんの親友だったんじゃないのかよ!?」

 

 頼りない少女のような仕草で、創造を司る女神がうなずく。

 

「確かに、この中で一番、オルストゥーラに近しかったのは私です」

 

「あんた、聞いたところによると、あの大戦の時も、オルストゥーラさんと他の四柱の間をフラフラして、結局最終的にはオルストゥーラさんを捨ててるんだよな? 酷くねえか? 卑しくも神のやることかよ?」

 

 ビナトヒラートはうなずいた。

 

「その通りです。私は最後までオルストゥーラか他の神々か、決めることができなかった。周りを傷つけ、振り回して自分のことだけ考えていた。本来なら、私こそが、オルストゥーラと他の者たちの仲介役になるべきだったのに」

 

「……だが、怖かったんだな? 両方から嫌われて排撃される可能性よりも、両方にいい顔して、その時かぎり信用してもらう道を選んでしまったんだろう、あんたは」

 

 刃物で突き刺すようなそのゼーベルの一言に、ビナトヒラートは声もない。

 

「結局、それが、あんたばかりか、俺ら作られた連中に何をもたらしたのかは分かるよな? あいつらはすぐ裏切るから、信用ならないっていう、拭い難い悪評だ。三千年経っても拭えないんだから、かなりのもんだ。流石は神様だな」

 

 冷酷な侮蔑に、ビナトヒラートは顔を覆った。

 

 

「何でなの? 友達だったんじゃないの?」

 

 マイリーヤは、ゲームテーブルに着いたまま、哀し気に顔を伏せる自らの神、世界精霊フサシェリエにそう呼びかけた。

 光に包まれ、最も華麗とされるその女神の光輝は、今は薄く頼りない。

 

「一緒に世界を動かすゲーム(TRPG)をプレイする、仲間で友達だったんじゃないの? 何で、そんなに簡単に裏切れるの? 自分が勝手だったのがそもそもの原因て、自分が一番分かってるんじゃないの?」

 

 答えはない。

 フサシェリエは、世界の魔力原素の流れを司る女神は、うつむいたまま、己が創造物の糾弾を受けていた。

 

「TRPGなんてさ、誰かが勝手なことをすれば、あっという間に破綻しちゃうんだよ? ボク、前の世界で、そういうの何度も見た」

 

 更にマイリーヤは続けた。

 こらえきれない疑問と、憤りが彼女を突き動かす。

 

「それにね、TRPGは、他のゲームと違って、誰か一人だけが勝利して他は敗者とか、そういうものじゃないよ? 目的を達成できなかったら、GMを含め、全員が敗者なんだよ。セッションそのものをぶっ壊したりすれば、敗者しか残らないのに」

 

 ファサシェリエは、目の前の雰囲気のあるウッドダイスをじっと見降ろしている。悲し気に。

 

「そんなことは分かってたのに、どうしてそんな馬鹿なことをしてしまったの? 所詮、六人しかいないんじゃない? あなた一人でも、ちゃんと全員が勝者になれるように、ちゃんとゲームしようって言えば、無視はできなかったんじゃない?」

 

 フサシェリエの可憐な口元が震えた。

 

「分かっていました、分かっていました……でも、ああ……!! 悔しかったのです!!」

 

 女神は叫んだ。

 悲痛な声で。

 

「先んじられるのが。無視されるのが思い詰めていくうちに、この世界を創る聖なる遊びの本質を見失っていってしまったのです。誰かが敗者にならねばならぬと!! そう、思い込んだのです!!」

 

 マイリーヤは、溜息を漏らした。

 前の世界で目の当たりにした、幾つものゲームにまつわる愚昧が、脳裏を通り過ぎていった。

 

 

「……我が女神よ、あなたも一方的な被害者とは言えないのではありませんか?」

 

 しかし。

 レルシェントが、自らの仕える女神に詰め寄ったのは意外なこと。

 

「一人孤立させられた心中はお察しします。しかし、あなた様にも、事態の責任はありますわよ。何故、TRPGのルールを針の穴を通すように極限まで利用してまでご自身の利潤を追求することばかりに汲々としておられたのですか? それはこのゲームの目的ではありませんわよね?」

 

 体の周囲に、立体の星空のように宝石を浮かべた女神は、静かにうつむいた。

 

「その通りです、我が娘よ。私は神でありながら、この聖なる営みの本義を忘れて、小手先の技巧に走ってしまった。この世界のためではなく、自分でも大して面白いと感じているわけでもない卑しい勝利で、他の神々を踏みにじってしまった」

 

 何かを思い出すように淡々と、オルストゥーラは言葉を紡ぐ。

 

「私は、知恵と知識と魔力の神です。他の神々の支配種族に先んじた種族を造り出せた。なら、それで彼らも導くべきでした。彼らが堕落を始めたなら、その本来の目的を思い起こさせるべきだったのです」

 

「しかし、あなた様は怒りに駆られ、復讐に走ってしまわれたのですわね。その知恵と魔力を他の神々を殴りつける道具にしてしまった。……それが、どんな甚大な被害になるか、予想がつかなかった訳ではないはずだのに」

 

 神でありながら、世界を支える本義を忘れたという点で、あなた様も他の五柱の神々のことは言えませんわ。

 

 きっぱり断言され、オルストゥーラの周囲を取り巻く宝石の輝きが曇った。

 

「……その通りですわね」

 

 ふと。

 レルシェントは、ピリエミニエの方に目をやった。

 

「しかし。この|世界を創り上げるゲーム(TRPG)の主宰者は、ピリエミニエ神、あなた様ですわ。最終的に、どうにか介入してこんな事態になる前に鎮火させることができたのは、そして責任があったのは、あなたなのですわよ?」

 

 手持無沙汰にうろうろしていたピリエミニエ神が、少女の顔を、レルシェントに、そして英雄たちに向けた。