8-2 ようこそメイダルへ!!

 それは紫色の残照を宿す夕闇の中に、華麗なランプ細工のように浮かび上がっていた。

 

 天空の群島。

 魔法王国メイダルは、今、初夜を迎える花嫁のように、着飾り、輝き出そうとしていた。

 

 それこそは、星宝神オルストゥーラが聖地として霊宝族に与えた麗しの地。

 全ての願いが叶う楽園だと、地上種族が噂する、女神の宝石箱。

 

 レルシェントの飛空船は、ゆっくりと滑るように、その群島に近付きつつあったが。

 

『停止して下さい』

 

 不意に、空の一角から浮かび上がった巨躯が、無機質な音声で命じた。

 

 それは額に淡い青緑色の碧藍石を埋め込まれ、肌も同じ色を呈する巨大な生き物だった。

 全体的に見れば、霊宝族に近い。

 しかし、全体の肉が宝石のように透けており、背中に巨大な鰭にも似た四枚の翼を背負っているとなると、一見しただけでは魔物と思い込むのも無理のない見た目であった。

 

 レルシェントは平然と船を停止させたが、仲間たちはそうはいかなかった。

 

「何だ、あれは……!!」

 

 思わず手の中に日輪白華を呼び出そうとするオディラギアスを、レルシェントは手で制した。

 

「大丈夫、魔物の類ではないわ。メイダル周辺空域を哨戒する、飛行型魔法生物よ。入国審査も兼ねているから、攻撃的な行動は取らず、指示には素直に従ってちょうだい」

 

 レルシェントのその言葉に、オディラギアスは警戒を解いた。

 ここは、指示に従うべきであろう。

 オディラギアスはすぐ側でまじまじとその魔法生物を凝視している母を見て、恐怖より好奇心が勝っている様子に苦笑した。

 本来、知的好奇心旺盛な母にとっては、目の前の見たこともない魔法生物は、探求の対象であろう。

 

「代表者は前へ。メイダル王国での所属と氏名、入国の目的をどうぞ」

 

 魔法生物の問いかけに、レルシェントはごく慣れた様子で応じた。

 

「大司祭家次女で巫女の資格のある、レルシェント・ハウナ・アジェクルジットですわ。今回は、メイダルに政治亡命を希望さなる、地上のルゼロス王国の王族女性と、女王陛下に会見を希望なさっておられる同じくルゼロス王国の王子殿下をお連れいたしましたの」

 

 そう口にして、レルシェントは背後のスリュエルミシェルとオディラギアスを手で示す。

 

「それと、あたくしの調査旅行に同行していただいた、地上種族の方々ですわ。いずれも魔導武器を得られた方々ですから、信頼されてよろしいかと」

 

 更に仲間たちを示すと、魔法生物の首が動いて、走査するように一人ひとりに視線を向けた。

 

「レルシェント・ハウナ・アジェクルジット様の帰国許可は下りました。それ以外の方々は、一人ずつ前に出て、所属と氏名、入国の目的を仰って下さい」

 

 魔法生物の無機質な声音でそう促され、仲間たちは互いにうなずき合った。

 

「私から行こう……ルゼロス王国第八王子、オディラギアス・ネインジェル・セローブルハだ。此度は国交と援助の請願のため、メイダル王国の女王陛下に会見をお願いしたい」

 

 オディラギアスは、凛とした深い声で、そう告げた。

 

「……思念波によって王宮に要請内容を送信いたしました。回答が返信されるまで、しばらくお待ち下さい」

 

 そう告げられ、オディラギアスは、元の世界で言うならインターネットで担当部局に情報を送信するようなものだろうな、と判断した。

 

「その間に、他の方も同様の申請をお願いいたします」

 

 魔法生物のその促しに、スリュエルミシェルは、一歩前に出た。

 

「ルゼロス王国王立文書管理室文書管理官の、スリュエルミシェル・ノイザルド・リーボルクツと申します。今ほど国交と援助の要請のお願いをいたしました、オディラギアスの生母です。実は国で政治的に厳しい状況に立たされ、貴国に政治亡命をお願いしに参ったのです」

 

 折り目正しく口にすると、魔法生物はそれも同様に、王宮に思念波で送ったようだった。

 

「オディラギアス様の従者、ゼーベル・ニノレッテ・ドゥレドシルだ。オディラギアス様とスリュエルミシェル様の護衛で来た」

 

「ニレッティア帝国のフォーリューン村から来た、マイリーヤ・クインガッハ・サジェネルだよ!! 仲間として、レルシェントたちを助けるために来たんだ!!」

 

「同じくニレッティア帝国はフォーリューン村のイティキラ・スベーラサ・ゼウン!! あたいがいないと仲間が怪我した時に困るし、それにメイダルも見てみたいし」

 

「ニレッティア帝国は首都ルフィーニルを中心に商売いたしておりやす、マイラー商会の三男坊、ジーニック・マイラーでさあ。今回は皆さんのお手伝いと、できればメイダルの方々とのご商売の許可も、いただきたくてでやすね……」

 

 それらを全て、魔法生物は王宮に送ったようだった。

 これは待たされるなと、オディラギアスが思った矢先。

 

「全員分の入国許可が下りました。王宮に皆様を迎え入れる用意があります。王宮から迎えの人員が派遣されますので、皆様は私の先導に従って、所定の座標へ着陸して下さい」

 

 あまりにあっさりと魔法生物から発せられた入国許可に、オディラギアス始め、全員が一瞬、狐につままれたような気分になったが。

 

「歓迎いたしますわ、皆さん」

 

 レルシェントが、両腕を広げて晴れやかに宣言した。

 

「ようこそ、あたくしの故郷、メイダルへ!!」

 

 背後で翼を広げる魔法生物に護られるように告げるレルシェントは、さながら聖なる預言を告げるかのようであった。