視界は、真っ赤だ。
百合子は、目の前の光景を見つめるしかない。
目を逸らすべきなのかも知れないと、幼心の片隅でちらりと思ったが、その声はあまりに儚い。
逃げたくても逃げ出せず、それどころか首すら動かず、幼い百合子は、その場に釘付けになるしかなかったのだ。
午後の、公園だったはずだ。
近所の、何の変哲もない児童公園。
その当時の時点で、塗装の禿げた遊具が並んでいたはず。
白っぽい光の中に、見慣れた風景が浮かんでいる。
そんな光景を、暴力的な「真紅」で染める、その源が、自分の幼い弟であるなどと。
百合子は四歳、弟は三歳。
公園に連れてきていた母親の姿が、何故か見えない。
いや。
母親はおろか、周囲に自分と弟以外の人影などない。
どこに行ったのか、と、幼い百合子が訝しむ前に、「そいつ」はやって来たのだ。
「そいつ」が、駆けだした弟の前に立ち塞がったのが見える。
血飛沫。
幼い百合子の語彙に、まだそんなものはないほどの、大量の血飛沫だ。
百合子の小さな白い顔にも、弟の血が降り注ぐ。
あのお兄ちゃんは、うちの弟と何をやっているんだろう?
白っぽかった周囲は、弟の血で赤いまだらに染まっている。
弟は、埃っぽかった地面に倒れている。
手足が曲がり、何で頭がないんだろう?
地面に広がっていく、真っ赤な水たまりは何?
その人影が、ゆっくりこちらにやってくる。
『ねえ、キミ。キミもこうなってみる?』
その人影が、何かを顔の横に掲げて見せる。
人影は当時の百合子にはずいぶん大きく見えたのだが、しかし、それでも、まだ大人になりきっていない少年だということくらいの判別はつく。
血染めのパーカーは、元は灰色だったのだろうか?
その下の、色白の顔が、妙に楽しそうなのが印象に焼き付く。
その人が、顔の脇に掲げている、小さな丸いもの。
あまりにいつもの形状と違っていて、いつも一緒にいる百合子でも、判別するのに数瞬かかる。
弟の、切り落とされた頭だ。
その記憶を最後に、百合子の意識は、暗転した。