「おお、これはこれは!! 何とも美しく輝かしい『白』よ!!」
入ってくるなり、その人物は、感動に耐えかねたように、そう口走った。
「白い鱗の龍震族の方と初めてお目にかかるが、まこと、美しい存在であらせれることよ。ようこそ、このニレッティア帝国へ、ルゼロス王国のオディラギアス王子殿下!! このニレッティア帝国女帝アンネリーゼが歓迎いたしますぞえ!!」
艶麗な華々しい深紅の女、ニレッティア帝国女帝アンネリーゼは、そう口にした。
一気に毒気を抜かれたオディラギアスが、思わず目を見開く。
驚くべきことに。
情報長官ミーカルが電話で呼び出したのは、この宮殿、そしてこの国自体の長である、女帝アンネリーゼその人。
彼女がプリマドンナのように部屋に入って来ると、控え役のように、お付きのメイドと衛兵が、その周囲を固めた。
額に宝石も持たぬのに、なんという存在感と華やかさか、と、レルシェントは感じ入った。
確かに華やかな深紅のドレスに合わせて、森緑石を始めとしたさまざまな宝石類は身に着けている。が、本来ならば、そうして肉体と連結している訳でもなければ、魔化されている訳でもない宝石が、そう強い魔力を放つ訳はない。
しかし、にも関わらず、その女帝アンネリーゼの放つ魅力は、「魔力」と言って良いほどのものだ。
問答無用で、目を引き付け、彼女の存在を疑いなしに受け入れさせてしまいそうな。
「そしてのう、このわらわの生きているうちに、お会いできる日が参るとは、夢にも思っておりませなんだぞえ、霊宝族巫女姫、レルシェント殿下」
すっとレルシェントの目の前に歩み寄ったアンネリーゼが、そのほっそりした手を取り。
そして、その手首に巻かれた鉄鎖を見て、顔をしかめた。
「ミーカル!!」
アンネリーゼは、レルシェントの手を友のように取ったまま、じろりと背後の部下を呼びつけた。
「……そなた、わらわの申したことを忘れたのかえ!? このお二方は隣国と遠国の高貴なお方ゆえ、くれぐれも無礼があってはならぬと!!」
その途端、棒立ちしていたミーカルの体がびくりと震えた。
「は、しかし、こちらの方々の実力を鑑みますに、解放は危険と……」
「愚か者!! こちらの方々の実力が分かっておるのなら、鉄鎖など、何の役にも立たぬと、何故分からぬ!?」
ばしりと叩き付けるように、アンネリーゼは部下を叱りつけた。
「衛兵さえ控えさせておけば、鉄鎖などあってもなくても同じこと。いや、むしろ感情を害するという点において、有害でしかないわっ!! さっさと外しや!!」
正論で真正面から突破され、ミーカルは恐れ入って諾意を表した。
部下の兵士に命じて、即座に手錠の鍵を開けさせる。
あまりにもあっさりと鉄鎖から解放され、オディラギアスとレルシェントはふうと溜息をついた。
「誠に申し訳なかったのう。このミーカルは、有能ではあるのじゃが、どうにもやりすぎるきらいがあってのう」
ふうと頬に手を当てたアンネリーゼは、ふと、オディラギアスとレルシェントを真正面から見詰めた。
メイドが持ってきた椅子に腰かけ、二人の客人に対する女主人、といった風になる。
「さて。ミーカルより、お話は伺いましたぞえ。何でも、レルシェント殿下は『神々の秘宝』なるものをお探しに地上に降りて来られたとか? 霊宝族の文明とは凄まじいものよな、そのようなものを造り出すとは?」
そう問いかけられ、レルシェントはオディラギアスはちらと視線を交わしてからうなずいた。
「確かにその通りですわ、アンネリーゼ陛下。しかし、ミーカルさんにも申し上げましたが、記録は非常にあやふやなものなのです。陛下がお気になさるようなものではない可能性もありますわ」
レルシェントが戸惑いがちにそう切り出すと、アンネリーゼはころころと笑い声を立てた。
「しかし、何の確証もない訳ではないのじゃろう? そうじゃろう? でなければ、まさか質実剛健で鳴らすルゼロス王国の王族の方が、わざわざ御自ら旅に同行なされたりはせぬであろうに?」
ちらりと視線を流されて、オディラギアスは彼女の鋭さにはっとする。
「もしよろしければ」
アンネリーゼは姿勢を正す。
「わらわたちに、その探索を手伝わせてはくれぬかえ?」
一瞬、ぽかっとした沈黙が落ちた。
「それは……」
思わず、オディラギアスが問い返すと、
「わらわものう、生きているうちに神々の秘宝とまで言われるものを目にしてみたいのじゃぞえ」
アンネリーゼが身を乗り出す。
「のう、もしよろしければ、我が精強なるニレッティア軍もお貸し申し上げるぞえ? 貴殿らも、苦労して探す手間が省けるやも知れぬ。それに加えて」
彼女は、オディラギアスに向き直った。
「オディラギアス殿下に対しては、更なる便宜も図らせていただくぞえ?」
オディラギアスははっとする。
「それは、どういう……」
「このような大胆な手を打たれた。殿下は、辺境の冷や飯食いで終わるおつもりはさらさらないのではないかえ?」
思い切ったように切り込まれて、オディラギアスはぎくりとしたまま、固まった。