13 新たな日々

「やーーー。キンチョー感のある事件だったねー」

 

「おう。もうすっかり解決したかと思うと、なんだか一挙に眠くなるわー」

 

 Oracle本部の、片隅のデスクの上。

 きちんと整頓されたその上に乗った小蛇と白頭鷲が、およそやる気の感じられない会話を繰り広げていた。

 

 D9の声でしゃべる虹色の小蛇は、ライトニングの声でしゃべる白頭鷲の腹の羽毛の下にうずもれて、ちろちろと舌を出し入れしていた。

 どうした訳か、鷲が蛇を卵みたいに温めている構図である。

 

「あなた方、Oracleを失業しても、動物タレントでやっていけるわね」

 

 片手にコーヒーカップを持ったムーンベルが、苦笑しながら覗き込みにきた。

 

「ふふふ。こんなに可愛い蛇はそういるまい」

 

 日本でいうところのドヤ顔D9。

 

「動物ドキュメンタリーでヤラセでもしてみるか……こう、かっこよく野兎でも捕まえてな」

 

 でも撮影後に食べるのは牛のステーキな。

 ……っていってたらむっちゃステーキ食いたくなったわ。

 ライトニングは抜け替わりの時期の羽毛をもっふりさせながら、机の上で球状になっている。

 

「まあ、解決といっても、また新しいフェイズが始まるってことだよ。というか、新人の手前、もう少しかっこつけようって気にならないのかね、君らは」

 

 目の覚めるようなヒスパニック系の美女を連れたメフィストフェレスが、ムーンベルの横からもっふりぺたぺたコンビを覗き込んだ。

 

「……マリン。まあ、普段はここはこんな感じだから、そう肩肘張らなくてもいい。ただ、まあ、いつ出動があるかわからないから、それに備えることが仕事だな」

 

 メフィストフェレスが、「ウルトラマリン」のコードネームを名乗ることになった彼女を振り返る。

 彼女が、あのハンナヴァルト三魔の中でも最も迫力ある見た目のチャク・ムムル・アイン、「悪霊のワニ」だったなどと、説明されても納得できないかも知れない。

 水をはじめ液状のものなら自在に操り作り出し、津波も鉄砲水も、それどころか雨まで操る彼女の力は凄まじい。

 一家の呪縛から逃れたはいいものの、行く当てのない彼女に、Oracleは職を与えた。

 彼女は新しいOracleのメンバーである。

 

「ああ……せっかくアメリカに住むことになったんだから、七面鳥が食べたいですねえ」

 

 ウルトラマリンは無造作に手を伸ばして、まだ冬毛のライトニングのもっふり羽毛をもふりだした。

 

「こう、香草とひき肉を詰めたやつをオーブンでこんがりと……」

 

 もふもふもふもふ……

 ウルトラマリンのライトニングを見る目は、完全に食料を見る目である。

 

「……おい。お嬢ちゃん。あんた、あたしを見ながら何考えた?」

 

「ですから、七面鳥の丸焼き。肉は正義ですよね。その中でも今日はトリ肉の気分なんです」

 

 もふもふもふもふ……

 グルメな悪霊ワニに、顔を引きつらせるライトニングであった。

 絶対に、彼女とは二人きりにならないようにしようと、ライトニングは固く誓う。

 

 なーおん、と聞き覚えのある猫の鳴き声が聞こえてきて、D9はしゅるりと鎌首をもたげる。

 彼女が人間サイズのままだったら、このオフィスに隣接する、プリンスのオフィスも覗き込めたかも知れない。

 そこに新しく加わった、銀髪のギリシア風古典美人も、Oracleの新メンバーである。

 

「ゼニス」というコードネームを与えられた彼女は、あのハンナヴァルト一家の三魔のうち、最も危険な能力。

 予言なす半人半蛇であるデルピュネー。

 少し先の未来を予見でき、更には制限できる彼女は、プリンスの優秀な秘書としてOracleに雇われた。

 事前の対処によって、神魔絡みの事件が大事にならなくなったことがすでに何件もある。

 

「そういえば、今日はヴォイド見てないけど、どうしたんだろ?」

 

 ふと、思い出したように、D9がつぶやいた。

 

「セシリアちゃんになんかあったのかな?」

 

「なんだ、聞いてなかったのか? ヴォイドは、今日はセシリアを連れて、ROTC(予備役将校訓練課程)の申請に、大学に行ってるそうだ」

 

 ダイモンが、隣の席からあっさり教えてくれた。

 

 身寄りのなくなったセシリアは、ヴォイドを後見人とし、軍の奨学金を受けて大学に進学することになった。

 万能の仙人ヴォイドなら、吸血鬼になったセシリアに、日光で害されない術をかけてやることもできる。

 また、仙人特有の気をコントロールする術をセシリアに学ばせ、吸血鬼としての能力をコントロールする訓練を受けさせているという。

 今のところ上手くいっていると、D9は聞いていた。

 

 スフィンクスのエメリーヌ・チブルは、元々住んでいたフランスに帰国した。

 彼女はかの国の特務部隊の隊員であったが、ハンナヴァルト一家に魅入られて誘拐され、以降行方が知れなかったということらしい。

 かなりの年月ハンナヴァルト一家にいいようにされていたエメリーヌの心の傷は深かったが、故国で十分なケアが受けられると、迎えに来た彼女の同僚が保証してくれた。

 

 時はうつろい、世界の景色は変わる。

 誰もが己の未来へと歩いていく。

 それぞれの歩幅はあれど、暗闇に閉ざされた夜は終わったのだ。

 

「はあ、私は早くも後進ができた!! 日本風に言うならセンパイだー!!」

 

「おい、そこのセンパイとやら。遊んでないでこれやっといてくれ。メールで送るからな」

 

「えー……」

 

 情け容赦なくダイモンから仕事を振られ、小蛇はぴちぴちした。

 そういえば、自分はレベルアップというものをしたのかな、とうっすら思いながら。