3 顧問のセンセの言うことにゃ

 こつこつと、部室の扉を叩く音がした。

 

「はい? どうぞ」

 

 紗羅が応じると、音を立てて古くなった引き戸が開く。

 姿を見せたのは、すらっとした細身の、まだ若い男性教諭だった。

 くっきりした目鼻は、古い時代の俳優みたいだ。

 

「……やあ、今年の新入部員は……入ったようだね」

 

 誠弥と千恵理を見ると、その教師は満足気に微笑んだ。

 

「尾澤さんは、事前に聞いていた通りだけど、そちらの男子は? 飛び込みかな?」

 

 そう言われて視線を注がれ、誠弥はどう答えたものかと、救いを求める目を紗羅に向けた。

 

「こちら、オカルト研究部の顧問の平坂(ひらさか)先生です。平坂先生、予定通り尾澤千恵理さんと、同じ一年三組の、大道誠弥くんです。どうも、彼、霊感が強いらしくて。尾澤さんの角が見えるんですよ」

 

 誠弥は、感心した顔を見せる平坂教諭に、一応ぺこりと頭を下げる。

 さっきから気になっていたのだが、どうも千恵理がこのオカルト研究部に入るのは、入学前から決まっていたようだ。

 どういう話し合いがあったのか知らないが、誠弥はそこに割り込んだイレギュラーなのだろう。

 

「ああ、大道くん。特にこの平坂先生には霊感を隠さなくていいよ。先生自身、『わかってる』人にゃから」

 

 長机の上で、腹を撫でろと言わんばかりに転がる黒猫部長を、誠弥は思わずナデナデしてしまう。

 ああ、もふもふ。

 

「黒猫くん。思いがけない飛び込みに嬉しくなるのはわかるけど、学校で安易に正体を見せてはいけないっていってあるだろう? 気難しい人もいるんだからさ」

 

 コの字の棒の反対側、誠弥と千恵理の向かい側にさらりと座って、平坂はそう警告する。

 

「にゃー。あの先生とかですにゃあ。確かに見つかったら三味線にされそうですからにゃあ」

 

 いきなり黒猫が、人間に戻って机の上に座っていた。

 ぎょっとする誠弥に爽やかなスマイルを投げかけて、無駄にかっこつけた足取りで、彼は部長席に戻って行った。

 なんなんだ一体。

 

「今のところ、新入部員はこの二人かな?」

 

 平坂は誠弥と千恵理を眺める。

 礼司と紗羅を振り返り、

 

「部長は三年の黒猫くんでいいだろうし、副部長は二年の熊野御堂さんで決定だな。一年生二人は平部員、必要に合わせて部長副部長のサポートを行う、でいいだろうね」

 

「僕は異議なしだけど、誰か異議のある人はいるかな?」

 

 キャランと、礼司がイケメンスマイルを振りまいて、誰もがそれに呑まれたように納得の気配を漂わせた。

 

「さて、一応僕の自己紹介もしておこうか。――顧問の平坂倫太郎です。実家が、W県にある割と有名な神社でね。まあ、昔から色んなことがあったのさ。それでこういう世界に首を突っ込んでね。高校の教師なんて職業に就いても、こういう方面から離れられない訳だよ、必然的にね」

 

 穏やかで静かだが、不思議と耳に残る声音で、平坂は控えめな自己紹介をした。

「色んなことがあった」の下りに、誠弥は何となく自分と同類に匂いを嗅ぎ取る。

 

 誠弥と千恵理が改めて平坂に自己紹介を終えるや否や、千恵理が勢い込んで平坂に話を切り出した。

 

「ね、平坂先生!! 誠弥くんが、すっごいネタを持ち込んできたのよ!! えらいのがこの街にいて、段々学校に近付いてくるみたい!!」

 

 平坂はそれを聞いて、眉をひそめた。

 

「それは、どういうことかな? 学校に近付いてくるとは、穏やかじゃないな」

 

 促され、誠弥は再度、同じ話……あの、レギオンの話をした。

 平山は時々質問を挟みながら、真剣に聞いている。

 

「この学校の関係者……無念の死を遂げたような人間……ううん、心当たりがないが……。去年、僕が着任した当時の校長先生が亡くなられたが、もう何年も前に退職されてるから、この学校の関係者っていうのには無理があるしなあ……」

 

 指を口元に持って行って、平坂は考え込んだ。

 

「でも、放ってはおけない事例ですよ。実際、人死にが出てる訳ですし。そのレギオンが、学校にたどり着いたりしたら、どんな惨事になるか。早急に、我らが対処すべき事例と思われますが」

 

 紗羅が更に推すと、平山はますます考え込んだ。

 

「一応、校内で聞き込みをしてみてくれないか。あと、狙われているのがこの学校とは限らないから、誰か図書室で新聞をチェックだな。それらしい事件を調べてくれ。それと……」

 

「あの、どうしても校内の聞き込みはしなくては駄目ですか……?」

 

 誠弥がいきなり口を挟み、平山始め、全員の目が彼に注がれた。

 

「何よ、誠弥くん。急にどうしたの?」

 

 千恵理が頭上の角を、春の光に銀色に輝かせながら訊き返した。

 

「他はともかく、あの……その、僕、怖くて……その、職員室が」

 

 誠弥がそう言いだした時、誰もがその言葉の意味を図りかねた。

 

「誠弥くん……?」

 

「なんていうか……他の場所はそうでもないんですけど、職員室のある、特別教室棟の一階だけ、『寒い』んです……」

 

 彼の告白に、平坂が目を光らせた。

 

「どういうことかな? どんな風に寒い?」

 

「なんていうか、手入れされずに荒れ果てた墓地みたいな寒さなんです。尊重されるべきものが尊重されていない……冒涜的っていうか、ひどすぎて怖い、みたいな……」

 

 上手い言葉が見つからずに呻吟している様子の誠弥を、平坂も部員たちも見詰めた。

 

「……黒猫くんは聞き込み、熊野御堂さんは図書室へ。僕は大道くんに話を聞く。尾澤さんは大道くんに付き添ってくれ」

 

 平坂がてきぱき指示を飛ばし、部員たちはそれぞれ従った。

 

 礼司と紗羅が立ち去った後の教室で、誠弥は改めて、千恵理と共に平坂に向き合うことになった。