「おお、待ちかねたぞ!! この事態は一体どうなっておる!? そなたらはどこまで知っておるのだ!?」
七色のステンドグラスに似た蝶の翅を持つ妖精王、かの名高きオベロン王が、謁見の間で彼の玉座の前に並んだグレイディたちに、いきなりこう切り出す。
黄金の川のようななだらかな金髪の先は、エメラルドのような鮮やかな緑に染まっており、不思議な植物の若芽を思わせる。
同じくエメラルド色の瞳には、金色の星のような輝きがちらちらする。
中世風の整えられた城の一室。
ユニコーンと白鳥を織り出した紋章のバナー、高い天井の奥から妖精のステンドグラスの光が差し、床に繊細華麗な光の紋様を描き出す。
オベロン王の玉座と並んで、妖精女王ティターニアの玉座が据えられている。
夫と同様、宝石で飾られた玉座に座るのは、シャンパンゴールドのドレスを纏う、すらりとした美しい妖精。
プラチナブロンドの、鬢のあたりだけアクアマリンのような色に染まり、色白の艶麗なかんばせを彩る。
彼女は、光の加減で澄んだ碧にも、淡い金色にも見える瞳に緊張を湛えている。
艶麗な紺碧の蝶の翅がゆらりと揺れる。
「……妖精王オベロン陛下、並びに妖精女王ティターニア陛下。我らの調査で、曲者がかなり絞れて参りました……」
縁者である月夜ヶ原領主、アーヴィングに紹介してもらって妖精王の城へ招かれることができたグレイディは、丁寧に一礼してそう応じる。
彼の背後には、百合子たち一行。
ちなみに、ナギは相変わらず冴祥に抱えられている。
「誰だ!? 誰が我らが妖精を、この妖精郷から追い出そうとしている!?」
オベロン王はグレイディに説明を迫る。
グレイディは、初めて直に御目通りを許された妖精王に緊張していたが、それでも気丈に言葉を紡ぐ。
「……これだけの規模の事件を引き起こす上で当然のことながら……犯人は一人ではありません……相応の人数が関わっております……。妖精郷を移動しながら、あちこちでキノコ獣の種菌を植え付けて歩いているのです……」
今まで黙っていたティターニア女王が、思わずというように身を乗り出す。
「そやつらの首謀者は? 誰かしら計画を立てて一味を束ねる者はいるはずでしょう?」
グレイディは、はい、とうなずく。
「……この真砂の術で、かなり絞れております……。首謀者と目される数人は、この王都の近くに潜伏しているようです……」
グレイディに紹介された真砂が一礼する。
オベロンとティターニアの視線が彼女に注がれる。
「真砂とやら、首謀者はどのような者だ!? そなたは、何を見たのだ!?」
オベロン王に問い詰められ、真砂は静かに口を開く。
「お畏れながら、オベロン王。並びに、ティターニア陛下。奴らは、一見、妖精としてはごく当たり前の人物であろうと目されております。そして、その首謀者は、グレイディがよく知っているはず」
王と女王が、怪訝な顔を見せる。
真砂は、続いて、思いがけぬ言葉を放ったのだ。
◇ ◆ ◇
「……来るかな」
グレイディは、夜の常春の都、その上空、エアリアルたちの起こす風に撫でられながら、そんな風に呟く。
隣に真紅の翼で浮いているのは、天狗の天名。
常とは違い、グレイディとアンディの組み合わせではないのが珍しい。
二人の眼下には、地上の星のような、点々とした、妖精郷の灯。
流石妖精郷で最大の都市だけあって、灯の範囲はかなり広く、高い山以上の上空から見ても、首を動かさねば全貌は見えない程だ。
都の西側は傾きかけた月にちらちら輝く海、北東にこんもりと山があり、東と南は遠く森にぶつかるまで灯が見える。
「オベロン陛下が、お前の説明を受けて、ただちに動いてくださって助かった。王のご意向を抜きに勝手な真似はできぬ、という名目で、この王都の浄化を後回しにした真実の理由を、奴らが感づいていないとありがたいがな」
天名が、静かに煌めく扇を取り出して、グレイディの周囲を警戒する。
「……来たようだな」
彼女に続いて、グレイディも灯の一角から湧き上がって来た影を見やる。
騎馬の人影、のように見えるが、それは空飛ぶ馬、などという詩的な美しさのあるものとは程遠い。
わずかな月明りにもぬらぬらと光る、それは大型のキノコ獣の一種のようだ。
しかも、背中に誰かを乗せて、それが一騎や二騎ではない。
「オメエら。いいから、大人しくして、武器をこっちに渡せ、な?」
酒臭そうな声で投げかけられた脅しに、グレイディはそいつの顔を見透かすように、目を細めたのだった。
◇ ◆ ◇
「こんばんは。今夜は、外出してはいけないんですってね?」
響きの良い声で投げかけられた言葉に、彼はぎくりと振り向く。
夜の港、夜の漁にでる船もなく、今夜は静まり返っているその場所で、見かけたのは、何とも不思議な人物だ。
そもそも、妖精ではない。
あまり見かけない、ゆったりした絹の衣装を身に着けているのが、うっすらした灯でも確認できる。
頭上にきらめく宝石のような角、鏡が掲げられており、腰の後ろから龍のそれのような鱗の尻尾が揺れている。
アジア系なのか、端麗な目鼻に、妙な色気がある。
「ふふふ、知ってますよー!! 悪だくみするアジトの一つが、この船なんでしょー!! なんで妖精なのに、そんな人間の犯罪者みたいな!!」
鏡の美男の腕に、何故か抱かれているカモメが、ニャアニャアした声で投げかける。
「麻薬の売人みたいだと思ったら、キノコの種菌配布してますってか? お前ら自身でも、このキノコって危ないんじゃねえの?」
彼らのまえに進み出た、変わった形の片刃の剣を持った若く見える男が、じり、と距離を詰める。
船から、仲間が降りてくる。
長い夜になりそうだと、彼は覚悟を決めた。
◇ ◆ ◇
「わあ、ありましたね、こういうゲーム!!」
「百合子、ゲームじゃないぞこれ。敵を倒しても、伝説の武器とか美味しい素材とか、落とさないからな」
「なあ、これ、生き埋めになったりしないよな?」
百合子が無邪気な感想を口にし。
真砂がもっともらしく解説し。
アンディが現実的な懸念を述べる。
巨大な、地下通路といった趣の場所である。
湿った石壁はぬるぬると、魔法の灯を反射する。
生臭く感じる、磯の匂い。
数人が横に並べそうな幅の地下通路は、恐ろしく遠くまで続いている。
「あー……。確かに。拾えるのキノコだけになりそう」
百合子が、湿った石壁を指さす。
そこには、小型であるものの、あの化け物キノコの親に似た、嫌悪感をそそる造形のキノコが群がっている。
「『天地の星宿り』の術で、地下通路が見えたからなあ。このお城って、地下通路は存在しているんですかって王様にうかがったら、沖合の島まで有事の時のための退避用通路が伸びているとか」
妖精郷って基本平和だから、こういう設備ってあっても使う機会がないんだろうな。
だから、放置されていたんだと思う。
真砂が、嫌な臭いに顔をしかめる。
「沖合の島の漁師さんたちって、あいつらの仲間なのかな……なんで……」
アンディが神器をしごくようにしながら、純粋な疑問を述べる。
「答えはあいつに……言葉わかるかな?」
真砂が冗談めかして口にした先。
巨大なキノコに手足を無理やり取り付けたような化け物が、ゾンビよろしくゆらゆら近づいて来たのだった。