捌の肆 花渡を探しに

「ねぇ、どういうこと!? 花渡はどこ行ったの!?」

 

 千春の悲鳴じみた質問に、答えられる者はいなかった。

 

 残された御霊士たちは、疲れきっていた。

 騒音蛙を四体二でようよう葬り、傷だらけの体を石の床に投げ出して喘いでいる。

 誰もが満身創痍だ。

 死人が出なかったのが不思議である。

 

「俺らはやっぱり、罠にかけられたのではないか? そういうことだろう?」

 

 歯噛みするように、陣佐が呻いた。

 羽織の肩から胸元がざっくり切れ、血塗れの肌が覗く。

 腕を切り落とされなかったのが不幸中の幸いだ。

 

「やられたの……奴らの狙い、最初から花渡だったのじゃ。奴らというより、崇伝のな」

 

 黒耀は頭から流れる血を拭いながらふうっと長く溜息をついた。

 

「どういうことだい、花渡をあたしらから引き離してどうしようってんだい?」

 

 青海は腹を押さえている。

 ざっくり切り裂かれ、油断すると臓物がはみ出そうなのだ。

 

「花渡は我らの中でも特別なのじゃ」

 

 黒耀の声音に苦悩の色が濃い。

 

「注意してしかるべきであった。『呼ばれざる者』にとって、本当に問題なのは、花渡一人なのじゃから。伊耶那美命の力だけが、『呼ばれざる者』を封じられる。じゃから、じゃろうの……」

 

「花渡をあたしたちから引き離して……別の場所で殺すってこと?」

 

 千春の可愛らしい唇が震えた。

 

「知っての通り、我ら御霊士の力は本尊である宿神と繋がっておる。花渡を殺せば、伊耶那美命の力を削ぐことができる。『呼ばれざる者』の封印が緩む……」

 

 黒耀は瞑目した。

 それは仲間が殺され、世の破滅が一歩近付くということ。

 そしてそれは限りなく確定していた。

 

「花渡を! 花渡を助けに行こう!!」

 

 千春が叫んだ。

 誰もがそう思い、しかし言い出せぬ理由は。

 

「武蔵の奴は、自分を倒したら、崇伝のいる場所を教えてやると言っていたな。もしかして、普通のやり方では辿り着けない場所なのではないか? 武蔵を倒すか、特別の方法なり道順なりがあってそれを奴から聞き出さねばならなかったのではないか?」

 

 陣佐の言葉に、全員の口に苦い味が広がった。

 多分、武蔵は自分でも知らない内に、罠の仕掛けの一部に組み込まれていたのだ。

 武蔵を殺すと同時に、その殺した者を崇伝の居場所に転移する術が、武蔵自身の肉体に仕掛けられていたのであろう。

 そして、武蔵を殺すことが可能な者は、あの状況では間違いなく花渡一人。

 

「それでも行こうよ!」

 

 千春が地団駄踏んだ。

 

「悪いけど、あたしは置いてっとくれ」

 

 青海が力なく笑った。

 

「こんなざまじゃ、足を引っ張っちまう」

 

 ちょっと力を入れれば内臓が噴き出す。

 青海は、動けなかった。

 

「そんな……あ!」

 

 千春が突如、部屋の中央に走り出した。

 怪訝な顔の仲間の前に、黄金色の実を拾って戻って来る。

 

「それは……時じく香の木の実か!」

 

 黒耀が目を見開いた。

 いかなる傷も毒も病も癒す不老不死の力のある実は、爽やかな香りを放っている。

 ここまで来る中で二度ばかり使ったので、皮が一部破れていた。

 

「ここにあるってことは、花渡が落としてったってこと……有り難いけど……」

 

 青海が何か言い募る前に、千春は実を一かけら取り出して押し付けた。

 青海がどうにか飲み込む、瞬時に、苦しそうな息がまともに戻った。

 

 千春は傷だらけの仲間に、一かけらずつ実を手渡した。

 あっという間に、誰もが回復し、精力を取り戻した。

 

「しかし、手放しで喜べんぞ。花渡も傷を負っているはずだ」

 

 陣佐は炎の剣をぶんと振った。

 回復したその神威を受けて、炎が唸りを上げている。

 

「だから! 届けに行こう!!」

 

 千春は仲間を見回した。

 

「進む以外になさそうじゃの」

 

 黒耀が決断を下し、皆が頷いた。