3 結果として奇怪な宴

「んじゃ、かんぱーーーーい!!」

 

 居酒屋の十人掛けの宴席。

 ソバージュショートの派手な美人、小柳友麻(こやなぎゆま)がチューハイのグラスをかかげる。

 

 おざなりに乾杯を唱和して、村雲璃南(むらくもりな)は、宴席の周囲を見回す。

 

 通っている大学から、さほど遠くない繁華街にある、平凡なチェーンの居酒屋である。

 和風の内装、合コン御用達の細長いテーブル。

 

 璃南は友人の雅(みやび)の肩の上を駆け抜けていった「それ」に視線を飛ばす。

 分類するなら、そいつも部室で見かけた餓鬼の一種であろう。

 粘土に棒で穴を開けたような奇妙な目が三つ、不規則に顔の上半分に並んでいる。

 腐り切った肉みたいな真っ黒な肌は、飢えた人間のように手足の肉が削げて、腹だけ膨らんでいる。

 身長といえば、せいぜい家猫ほどであろうが、醸し出す異様な迫力は恐竜の破壊力である。

 

 璃南は自己紹介しつつ、巧みに場を盛り上げる友麻を横目に眺めつつ、もっぱら注意は周りを走り回る化物どもに向いている。

 

 都合、何匹いるだろう。

 恐らく三十匹程度は下らない。

 そんな餓鬼状の化物どもが、合コンに参加している面々の体にまといついている。

 並んだ肩の上を先ほどのように走りぬけたり、体によじ登ったり、何なら首ったまにかじりついて髪をかじったりしている。

 テーブルの上の酒や料理の間をも走り回るその様は、まるっきりドブネズミである。

 

『料理は絶対食わないぞ……!!』

 

 気付かれぬように一瞬だけ顔を歪め、璃南は雅の耳をかじろうとしていた餓鬼に、視線を飛ばす。

 

 まるでレーザービームの直撃に会ったように、一瞬で餓鬼が蒸発する。

 雅は気付いてもいないようだ。

 冷たい視線をそこここに数度。

 不審がられる暇もない、滑らかな早業。

 まるで超兵器で狙撃されるように、視線の先にいる餓鬼どもが蒸発していく。

 

 璃南と同じ大学の女子生徒たちには、さほど餓鬼は多くないが。

 しかし。

 

『こいつら、何匹引き連れて来てるんだよ……増えてるじゃない』

 

 璃南は、テーブルの反対側の男性陣に思わず眉をひそめる。

 予想はしていたが、それを軽々凌駕する、化物の生産ぶりである。

 女子にせいぜい一人につき一匹程度の餓鬼がへばりついているというなら、男性陣は、まるで小動物を何匹も飼って体に乗せている人のように、びっちりと全身にへばりつかせている。

 一人頭、三匹以上。

 中には十匹以上、上半身が見えなくなるくらいに抱えている者までいる。

 

 璃南は思い出す。

 今回の合コンの相手は、都内の大手デザイン事務所に所属していると聞いていたはず。

 しかし。

 

『……この人ら、絶対にただのデザイナーじゃないでしょ。なんならまるっきりデザインとかと関係ない仕事じゃないのコレ。なんでただのデザイナーの人が、こんな地獄の一丁目みたいに餓鬼引き連れているのよ……』

 

 冷え冷えした璃南の内心の呟きは、誰にも聞き咎められない。

 おかしいと思ったのは、餓鬼の数だけではない。

 周囲に聞き耳を立てていると、自然と会話が耳に入るが、男性陣は、どうもデザイナーにしては仕事の話がはっきりしない。

 解像度の低い内容とでも言うのか、あまり専門性を感じない当たり障りのない話をしている印象だ。

 というよりも、仕事の話を振られたりすると、男性陣はのらくらかわしている印象である。

 その癖、コミュニケーション絡みの話には、いささか引くくらいにノッてくる。

 

 曰く、人は何かを犠牲にしなければ何かを得ることがない。

 例えば、一日に大抵は6~8時間くらいはある睡眠時間、これは何もできない空白の時間と見なせば無駄だと思わないか?

 しかし、人はこの時間を犠牲にすることによって、健康という果実を得ているのだ。

 何でも同じだ、何かを犠牲にしなければ、人間は生きていけないんだ。

 

『……当たり前の話のように見せかけて、ずいぶん不穏な話をしているわね。何が本当は言いたいのかな?』

 

 璃南はあまり一人に視線を当てないようにして、相変らず周囲を観察し続ける。

 ……一番気になるのは、実は目の前の席の男性である。

 いや、合コン的な意味ではなく。

 

 割と、見栄えのする男性である。

 表面上は。

 くっきりした目鼻立ちに、ややウェーブがかった茶髪。

 中肉中背だが、笑うと華がある。

 女性陣からは人気なのがわかる。

 が、璃南が見ているのはそれではない。

 

『スゴイ見た目ね』

 

 璃南の目には、そこそこイケメンに重なって、不気味な獣に似たおかしな形の頭部を持った、異様に歪んだ人影が見えている。

 辛うじて牛の頭に見えるのは、角があって鼻づらの長く太い頭部が、牛を連想させるというだけの話だ。

 本物の牛なら、赤と黒のイモリみたいなまだら模様はないだろうし、そもそも角に鬼火が灯っていないだろうし、細かいドーム状の目らしき器官が、数十個頭部に散らばっているはずがない。

 

「どうかしたのですか? 具合でも悪いですか?」

 

 目の前の男性に話しかけられて、璃南はちらり、と視線を彼に戻す。

 

「いえ、なんでもないの。ちょっと失礼」

 

 璃南はトイレに行く風を装い、中座する。

 案の定というか、さきほどの男性も付いてくる。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「どうしたの? 男子トイレはあっちよ」

 

 璃南が女子トイレの中にまで侵入してきたその男に声をかける。

 状況的に、いささか穏やか過ぎるが。

 

「もう、とぼけなくていいですよ。見えているんでしょう?」

 

 その男性は、周囲に蛆のように山ほど餓鬼をたからせたまま、そう切り出す。

 じり、とその足が床のタイルを踏む。

 何かが内部から萌え出るように、その男の姿が変わる。

 黒地に鮮血のような紅が飛び散る表皮を持つその鬼の姿は、トイレの天井をこする。

 燃える角がおかしな臭気を放つ。

 ショートブーツが消え、蹄なのか球形の金属なのかわからない硬質なものが、足先に発生する。

 禍々しい予言を為す獣は、こんな姿だったのだろうか。

 頭が獣で、体が歪んだ人間という奇怪な鬼が、そこに立っていたのだ。

 

 じりじりと、璃南は後ずさる。

 その背中が、無人のトイレのドアに押し付けられた。