6-6 少年少女と森鬼

 かしかしかしかし……

 がつがつがつがつ……

 ごきゅごきゅごきゅごきゅ……

 

 ミルクティー色の巻き毛ツインテールに、カゲロウの翅の妖精族少女、そして、白いくせ毛を逆立てた獣佳族少年は、物凄い勢いでテーブルの上の食事を平らげていった。

「ソウの庭園」中庭の長テーブル、一行六人の遅めとなった朝食と一緒に、ミニアとテレルズの食事も供された。

 彼らの場合は「朝」だの「昼」だの「間」だのといった区別すら付けるのも不適当と思われるほど、久々の食事を。

 

「こりゃあ、どんだけ飢えていたんでやすかねえ……花も恥じらう年頃の乙女までこれとは、よっぽどでやすよ」

 

 みるみる減っていく毛長六足象のシチュー鍋を見ながら、ジーニックが憐れみの溜息をついた。

 

「いや、笑いごとではないぞ、皆の者。この若い二人がこれだけやつれるほど飢えているということは、他の村人も似たようなものか、もっと悪いであろう。事態は一刻を争うということだ」

 

 オディラギアスはすでに食事を終え、茶で喉を湿らせながら、彼らの様子を窺っていた。

 

「まずいな。森鬼(もりおに)か……」

 

 ゼーベルは、さきほどちらっとミニアとテレルズから聞いた、事件の犯人である魔物の種族を反芻した。

 

「もっと東の方の魔物だって聞いていたが。こんなところにまで来るんだな……やっぱり、地元にいない魔物のことってのは分からないぜ」

 

 ぷはぁっ、とスープ皿から顔を上げたミニアを、マイリーヤが覗き込んだ。

 

「どう? 落ち着いた? まだお腹減ってる?」

 

 ミニアはふと顔を伏せ、次いで思い切ったように口を開いた。

 

「あの、できればもう一品……お腹にたまるようなの……」

 

 羞恥で顔を赤らめているものの、極端な飢えから来る食欲がそれに勝るようだ。

 普通の飢餓状態なら、急に腹にたまるようなものを大量に摂取するのは良くないのだが、イティキラの回復魔法があればそれを補える。

 エネルギー回復のための、大量の食物摂取が可能になるのだ。

 

「……レルシェ、こっちも頼むよ」

 

 テレルズのおずおずした視線を感じ取ったイティキラは、さりげなくレルシェントの要請する。

 

「そうね、お腹にたまるもの……あれにしましょうか。元の世界のあれ」

 

「所有者が食べたことがあるか、作ったことがある料理を再現できる」という性質の「魔法のテーブルクロス」に命じて、レルシェントが出したのは、白い小綺麗な皿に乗せられた、大きくて長いパンにぎゅっと詰め込まれたから揚げの列だった。シャキシャキのレタスと上等マヨネーズがますます食欲をそそる。

 

「??? これ、なに……?」

 

 から揚げを初めて見るらしい二人は、目をぱちくりさせていた。

 

「あたくしがいたことのある国で、とても人気のあった料理ですわ。鶏肉を味付けして揚げたもので、香ばしくてとても美味しいの。騙されたと思って召し上がって下さいな」

 

 その言葉に促され、更にはまだじゅうじゅう言っているから揚げの香りにも呑み込まれて、二人はごくっと生唾を飲み込んだ。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「い、いただきます……!!」

 

 がぶりとむしゃぶりついた彼らは、その味に目を見張った。

 

「美味しい……!!」

 

「初めての味だけど……美味い……!!」

 

 ふっくらボリュームのあるパンと、香ばしいから揚げ、そしてマヨネーズと丁度良い和らげ具合のレタスをまとめて口に放り込み、彼らはぐいぐい食べ始めた。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「ああ……一生分……食べた気がするね……」

 

 ほわぁ、と呆けているのは、ミニア。

 角度によって紫にも緑にも見える珍しい目がうるうるしている。

 

「……でも、でも、俺らがこんなに食ってる間にみんなは……何だか罪悪感が……」

 

 どこかぼんやり遠くを見つめているのは、テレルズだ。

 

「いや、そなたらが罪悪感を抱くことはないぞ。何せ、これから、村人を連れ去った魔物どものところまで、案内してもらわねばならぬ」

 

 オディラギアスが、殊更荘重な声で宣言した。

 流石王族のカリスマと言うべきか、少年少女の顔がぴしっと引き締まる。

 

「そうそう。そのためには、体力回復してもらわなくちゃならないんだから」

 

 マイリーヤが、ミニアの背中をぽんと叩いた。

 

「本当に、よくぞ困難をはねのけてここまで辿り着いて下さいましたね、お二方とも。もし勇気を出して下さらなかったら、ご同郷の方々を助けるのが、間に合わなかったかも知れませんわ」

 

 しみじみレルシェントが、その事実を認識させると、二人の目にじわっと涙が滲んだ。

 

「お願い……みんなを助けて……!! 私たちだけじゃあ……!!」

 

 ふるふる震えながら要請するミニアは、元から涙もろい性格なのか、ぽろぽろと宝石のような涙をこぼしていた。

 

「……多分、三つくらいに分けられて監禁されてる……それぞれが、人質に取られてるんだ、あの森鬼どもに……!!」

 

 テレルズは、何とかして正確な情報を伝えようと、一生懸命だった。

 

 体を綺麗に洗われ、新しい衣服を与えられ、そして十分に食料を与えられた二人は、大分元々の麗しい森の住人の姿を取り戻していた。

 ミニアは硝子のようなカゲロウの翅を持つ妖精族の姿を。

 テレルズは高貴な白の毛皮の狼の下半身の獣佳族の姿を。

 

 彼らの話によれば、こうだった。

 マイリーヤとイティキラが、レルシェントと共に旅立って間もなく、村はどこからかやってきた「森鬼」に襲われた。

 

 森鬼とは、樹皮のような皮膚と3mほどの巨躯を持つ、森林に棲息する魔物だ。

 魔物の中では比較的高い知能を持ち、群れで行動する。

 そして、時にはその群れごと他の生物の群れに寄生する――つまり、他の種族を奴隷化して、自らのために労働させるという性質も持ち合わせる。

 

 そいつらは、どこからともなく現れ、いきなり村を襲って住人の一部を生け捕りにした。

 他の住人が取り戻そうと動くと、人質の命はないと脅した。

 そして、村人全員に、自分たちの奴隷になれと脅した。

 

 逆らえなかった。

 逆らったら、本当に一人ずつ人質を殺していくだろうと、はっきり分かったからだ。

 村人がしぶしぶ村を出ると、森鬼どもは、村に火を放ち、彼らの帰る場所を奪ったのだ。

 村人たちは、ここから少し離れた、打ち捨てられた星暦時代の住居群跡らしき場所へ連れて行かれ、そこで何手かに分けて監禁された。

 常に村人の一部を人質に取って、森鬼たちは残りを自分たちの奴隷として使役した。

 その住居跡を、森鬼たちの居住に適したように作り変えたり、森鬼たちの糧になるような森の恵みを狩ったり採取したりするのが、彼らの仕事になった。

 最低限生きていけるだけの食事はどうにか与えられたが、結局は残り物のようなものしか与えられず、村人たちの中で体力に劣る者から倒れていった。

 

 このままではいけない。

 そう考えた村長だった男――マイリーヤの父――は、密かにテレルズとミニアを逃がし、助けを呼んで来るように要請したのだ。

 

「こちら側の大陸には、そんな悪魔的な魔物がいるのか……」

 

 さしものオディラギアスも、ぞっとした感情を隠せなかった。

 

「これはオディラギアスの言った通り、一刻を争います。すぐに準備に取り掛かりましょう」

 

 レルシェントは、どうにか落ち着いたミニアとテレルズをなだめながら、きっぱり言った。

 

「テレルズさんとミニアさんを丸腰で案内はさせられませんわ――倉庫にある星霊石を準備して下さいな」

 

 そして彼らは、レルシェントがどんな作戦を立てているか知ったのだった。