4 人外たちと神器使い

 百合子は、その二つの人影を唖然として見上げるしかない。

 

 二人の女性に見える。

 しかも、そう滅多にお目にかからないような美しさ。

 ただし、その美しさは人ならざるもの。

 片方は、真紅の翼で宙に浮かび。

 もう片方は、雲を纏い、鉱物のような質感の肌や髪が照り映える。

 

 なんだろう、この人たち。

 映画の撮影だろうか?

 それとも、伝説にある通り、本当にこういう生き物として存在しているのか。

 

 世界が輝き始めるような、不思議な物語を密かに愛好する者として、百合子は、目の前のこの人外たちを仰ぎ見る。

 何者なんだろうか?

 何で自分を助けてくれたのか。

 それと、あの殺人鬼少年を知っているのか。

 あの赤い翼の方の人が、「また性懲りもなく」と言っていなかったか。

 

 百合子は、思わず頭上の彼女らに声をかける。

 

「あ、あのっ……!!」

 

「小娘、下がっていろ。お前の手に負える相手ではない」

 

 つっけんどんに言い渡してきたのは、あの真紅の翼の人外。

 理性がとろけそうな美貌だけあって、何だか近寄りがたく感じるのだが、どこかこの人に任せておけば大丈夫だと思える包容力がある。

 

「災難だったねえ、御園生さん、だっけ? 昨日言ったじゃないか、嗅ぎ回ったりするんじゃないぞって」

 

 どこか人を食ったゆるい口調でそんなことを投げかけてきたのは、もう一人、雲を纏う宝石のような人外。

 

 ?

 何故、この人外は、自分の名前を知っているのだ。

 百合子は異様な状況も一瞬忘れてまじまじとその幽玄な人外を見上げる。

 赤瑪瑙のような瞳と、目が合う。

「昨日言ったじゃないか」?

 

「君は、やっぱり二十年前の最初の事件の、生き残りだったんだな。道理で奴に目を付けられる訳だ。奴は熊みたいな男だからな。食い残した獲物に執着するという訳だ」

 

 雲の人外は、にやり、と不敵に微笑む。

 その表情は、どこかで見たことがある。

 百合子は戸惑う。

 この人は誰だ。

 

「ま、とにかく、ここから離れるんだ。後は私らに任せてくれないか? 後から説明できるところは説明するから、今は逃げるんだ」

 

 雲の人外は、その白瑪瑙みたいな指で、背後の神社を指す。

 百合子はがくがくうなずき、踵を返して、海辺の神社に向かって逃げ出したのだ。

 

 

◇ ◆ ◇

 

「そら、とっとと起きて来い。このくらいでは死んではいるまい」

 

 真紅の翼の人外が、鵜殿が吹き飛ばされた路地に向かって横柄に声を投げる。

 綺麗な響きの良い声なのだが、口調は逆らうなど思いもよらぬというくらいに問答無用なもの。

 

「へえ、天名。君が一撃で仕留めないとはね。少しは苦しみを長引かせたくなったのかな?」

 

 まあ、鵜殿だしねえ。

 雲を纏う人外が、天名と呼ばれたその真紅の人外を揶揄する。

 

「こやつは、徹底的に肉体も魂も破壊して消滅させねばな。ついでに、神器もコナゴナにする。そのためには、一撃必殺を狙うという訳にはいくまい。外したらどうする」

 

 物騒なことを口にしつつ、天名が、そもそも、と雲の人外をじろりと睨む。

 

「貴様が最初に倒し損ねたのがいかんのだぞ、真砂(まさご)。こやつを手負いにしただけではないか」

 

 ああ、と真砂と呼ばれた雲の人外が溜息をつく。

 

「あれはね、いまだに納得していないよ。逃がしたはずがない。あの時はまだこいつは人間に近かったのに……っと」

 

 いきなり、光の帯が真砂と呼ばれた人外をかすめそうになり、彼女は羽衣のように纏う雲で、その光の筋を逸らす。

 雲が風に吹き散らされたように、細かくちぎれる。

 

「へえ、やっぱり強いね、雲母妖(きららのあやかし)は」

 

 いつの間にか。

 鵜殿の姿は、すぐそばの廃屋の屋根の上にある。

 

「でも!! これで終わりなんだな!!」

 

 鵜殿が手にした太刀を打ち振るうと、まるでめちゃくちゃに跳ね回るワイヤーのような円形の光の筋が、無数に重なる。

 隕石が落下したかのような大音声。

 廃屋が粉みじんとなり、古びた電信柱が粉砕される。

 ちぎれた電線が、火花を上げて弾け飛び、地面がえぐれてコンクリート片と土煙が上がる。

 

 人外の女二人がいた空中も、刃の嵐に洗われる。

 そこに、もはや二人の姿はない。

 鵜殿がいたあたりを起点に、まるで爆発でも起こったかのような惨状だ。

 神社の境内に続いていたのであろう、鬱蒼とした林も、樹木が倒壊している。

 

「さて」

 

 破れたパーカーをぶらさげたような格好の鵜殿は、凄まじい威力を秘めた太刀を右手に下げたまま、搔き乱された地面に立っている。

 亡霊のような姿、左目尻の傷が目立つ。

 

「さて、これで終わりかな? 命知らずの人外さんたち」

 

 言い終わる前に、鵜殿の視界が曇る。

 周囲に、まるで濃霧のような白いものが立ち込めているのに気付き、鵜殿ははっとする。

 そのまま、街中に向けて全力疾走を……

 

 しかし。

 濃霧は、まるで意思がある者のように、鵜殿に纏い付く。

 

 鵜殿の顔が真っ青から、瞬時に土気色へと変化する。

 まるで大きな雑巾でも絞ったように、雲が鵜殿の全身を押し包み、ぐるぐると巻き上げる。

 鵜殿を抱え込んだ特大の糸束に似た雲の塊は、そのまま地面に倒れ込む。

 

「ふむ、今度は上手くいったかな」

 

 空中に、大きな輝く雲の塊が湧き上がり。

 その中から今誕生したように、真砂が姿を現す。

 

「これで仕留められないとことだが……」

 

 そのすぐ後、渦巻く風に乗って、天名が空中に忽然と現れる。

 

「あ、ちょっとヤバイかもな~」

 

「なに……あっ」

 

 天名は、相棒の苦笑交じりのぼやきにはとして、鵜殿を締め上げているはずの雲の塊に、風をぶつける。

 天名の風になら一瞬でほどけた雲であるが。

 中に、鵜殿の姿はない。

 もちろん、あの太刀も見えない。

 

「しまった……!!」

 

 真砂は、背後の、百合子に逃げるよう指示した神社を振り向いたのだった。