8-13 ピリエミニエ

「何だ? このガキは?」

 

 ゼーベルが、薄い胸を精一杯反らしているその少女をしげしげ眺め、思わず呟いた。

 

 人間族少女……に見えるが、背中にいつの間にか、半ば機械化した翼が生えている。

 いい感じの中二であるが、本体がえらく普通っぽい見た目なので、浮き上がっていることこの上もない……

 

「あのー、お嬢ちゃん? こんなところでどうしたんでやす? 迷子でやすか?」

 

 思わず親切に声をかけてしまう、意外に暖かい豊かな都会っ子ジーニック。

 

「バカ、こんなとこに人間の迷子なんかいる訳ないだろ、ジーニック!! しっかりしなよ!!」

 

 イティキラに肩をゆすぶられて、ジーニックははたと我に返った。

 普段の明敏な彼なら、引っ掛かるはずもない単純なところで引っ掛かってしまった。

 それもこれも、目の前のその少女が、あまりにも「いたいけな普通の女の子」だからだ。

 警戒心を抱くことが、この上なく難しい……

 

「この子、人じゃないわ。神性を感じる……」

 

 レルシェントがまじまじと目を見張りながら息を呑んだ。

 

「神よ。それも、かなりの高位の……」

 

 レルシェントの言葉に、その少女神は大きくうなずいた。

 

「流石わたいが主人公に選んだだけのことはあるっ!! もっと敬って良いぞー!!」

 

 さらにのけぞる中二少女。何だかラジオ体操してるみたいである。

 が、レルシェントが気になったのは。

 

「主人公……えっ?」

 

 人生は、それぞれの個人が主人公の物語だとは、メイダルでよく言われている事柄ではあるが。

 高位の神に告げられるとなると、意味合いは異なる。

 どういうことかと尋ねようとした矢先。

 

「あなたは神であらせられるのか? 丁度いい、これは一体どうなっているのかお教え願いたいのだが」

 

 理解不能の状況に、密かに苛立っていたのであろうオディラギアスが、そう突きつけた。

 

「ふふふ、分かっているな、龍の子よ!! だが、焦りは失敗の母であるぞよ?」

 

 ぴた、と掌を見せて制止する少女神。

 

 ……なんだろう。

 妙にイラッとする……

 

「んんんー!? あのナリュラさんみたいな神使って訳じゃなくて使役する方? 神様??」

 

 マイリーヤが思わずしげしげとその少女神を見詰めると、彼女は誇示するように背中の機械翼を開いたり閉じたりした。

 

 ふぁさー、ふぁささー。

 

「まさか、遊戯神ピリエミニエさん、とかじゃないよね? 子供の姿してるっていうけど……」

 

「正解」

 

「へ?」

 

「聞け、人の子よ。わたいこそは、この世界を創りし創造神にして遊戯神、ピリエミニエ、その神(ひと)である、にゅっ!!」

 

 ……。

 …… ……

 

 沈黙。

 物凄くまずい他人の秘密を、見つけてしまった時のようないたたまれない空気。

 

「……なんらおまいら、その沈黙は!!」

 

 その気まずい沈黙に、ピリエミニエ? は瞬間的に沸騰した。

 

「今、心の声が聞こえたわっ!! 『わあ、痛々しい』とか『どうしようコレ』とか、どういう意味じゃこりゃーーー!!」

 

「ええっと、つか、嘘だよね? ピリエミニエさんじゃないよね?」

 

 とマイリーヤが突っ込む。

 

「嘘ついたら駄目だよ!! 上役の神様とかいるんでしょ? 怒られるよ!!」

 

 その言葉に、ピリエミニエ? がぷるぷると震え始めた。

 

「上役なんか、おらんわーーーーい!!」

 

 小娘神、絶叫。

 

「わたいが!! この世界の最高神!! ピリエミニエ神ですっ!! けいれーーーい!!」

 

 ……。

 …… ……

 

「ええっと……こちらさん、そう言っているでやすけど、どうするでやす? もしかして、これがこの試練場の試練とかなんでやすか? こちらをどうにかするってこと?」

 

 難しいでやすよ、中二病を治すなんて!! と怖気を振るったのはジーニック。

 

「いえ……でも、確かに高位の神であらせられて、神使や下級神ではないはずなのですけ……ど」

 

 自分の能力も信じられなくなりそうな、レルシェントであった。

 

「いや、そもそも『全知の石板』はこの島のどこかにあるのか? なら、あちらはほうっておいて探すのが吉ではないか?」

 

 となるべくピリエミニエ神に目を向けないようにする、オディラギアスであった。

 

「おっ、おまえら、どうあっても我が意を汲まぬつもりか……っ!!」

 

 ピリエミニエ神、ぷるぷるが本格的に。

 

「あ、そーだ、あの『運命の骰子』使えないかな?」

 

 ピリエミニエ神? ガン無視で、イティキラが意見を飛ばす。

 

「ううん、でも、こういう場合誰が使うの?」

 

 こちらもガン無視のマイリーヤ。

 

「レルシェじゃねえか? 普通に考えて。元々メイダルの人間だし、女神様に仕える巫女なんだし、そもそも、この旅の言い出しっぺだろ?」

 

 ゼーベルは、最初から自分たち以外誰もいないかのような鮮やかな無視っぷりだ。

 

「ええと、じゃあ……」

 

「けしからーん!! 貴様らのこの最高神ピリエミニエ神への不敬、けしからーーーーん!!」

 

 ぴよぴよと、ピリエミニエ神? が吼えた。

 

「飛んでけーーーーーー!!」

 

 紙屑でもまき散らすかのような大仰な仕草で腕を振り上げると。

 

「あ」

 

 六人の英雄たちの姿は、一瞬にして掻き消えていたのであった。

 

「ふー。やれやれ。思い知ったか」

 

 かいてもない汗をぬぐう、ピリエミニエ神。

 

「さて。わたいは例の場所で待ってるぞよっと!!」

 

 彼女の姿も掻き消え。

「神々の遊戯盤」には、ひゅんと風が吹き過ぎたのであった。