1-2 星の踊り子と龍

 煌く宝玉で飾られた、玉の白い肌がぬるりと揺れる。

 煽情的に張り出した腰がゆっくりうねり、腰に纏いついた薄手のスカートの間から、白く長い脚が見える。

 すんなりした肩をゆするにつれ、豊満な胸が揺れ、その振動がくびれの目立つウェストから腰へと伝わる。

 欲情を煽り立てるよう豊艶な腰が大きく振られ、ベッドの中いるように、へその周りが波打つ。

 豪奢なアクセサリーが触れ合ってシャラシャラと鳴る。

 特に目立つ、鏡銀の額当てに嵌め込まれた星層石《せいそうせき》。

 欲情の女神のようなその女は、さながら天空をその身に宿したかのように、流れる黒髪に星のきらめきを宿していた。

 オディラギアスは、かつての世界の動画サイトで見たベリーダンスを思い出しながら、その踊りに目を引き付けられていた。

 正確に言うなら、その踊り子に、だ。

 

 

 すでに、時間は夕刻に差し掛かっている。

 白々とした電気灯の明かりは、ようやく最近スフェイバでも見られるようになったものだという。

 その広さだけが取り柄のような、酒場兼宿屋のホールは、すでに大人数でごったがえしていた。

 皆、この遺跡の街スフェイバに集う、機獣及び古魔獣の駆除や、それらから街を守護すること、並びにそうした行為に伴う星暦《せいれき》時代の素材の回収などを行う、雇われ護衛士や探索者だ。割合的に男性が多いが、龍震族に限ればそこそこ女性もいる。

 

「探索者」はともかく「護衛士」は、体制的にスフェイバの太守の名の元に雇用されて、遺跡から這い出す機獣や古魔獣の駆除に当たる、一種の傭兵だ。

 こんな辺境の地まで中央で訓練した騎士団は回せないし、それに機械文明の勃興しつつある今日日、遺跡や機獣、古魔獣から採取される星暦時代の素材は高額で取引される。護衛士としての仕事の他に、この素材採取による副収入を目当てに、戦闘的な龍震族を中心に人が集まる。

 この辺りは、護衛士と探索者の分かれ目のあやふやなところだが、このスフェイバでは遺跡探索が主な仕事である純粋な「探索者」は数少ない。

 何となれば、この「スフェイバの遺跡」自体が難攻不落で、三千年前の大戦終結以来、内部に霊宝族以外の侵入者を許したことがないからだ。

 この辺り一帯が龍震族の王国ルゼロス王国の領土に組み込まれようと、遺跡は全くおかまいなしに、かつての主人たちからの命を守り続けた。

 

 即ち、「霊宝族以外の何人たりとも、この遺跡の内部に入れるべからず。周辺の旧霊宝族植民地への侵入も許すな」

 

 かくして、遺跡に侵入することが不可能なばかりか、周辺の肥沃な土地にすら、他種族は近づけない。

 いや、運が良ければ遺跡周辺の土地に侵入すること自体は可能だろう――機獣や古魔獣に発見されるまでの、ほんの少しの間なら、だが。

 機獣や古魔獣は、この世界にあまた存在する魔物の中でも強力な部類に入る。

 例え戦闘に特化した種族で名高い龍震族でも、簡単に打ち倒すことはできないし、そのうろついている土地に長時間滞在するなど自殺行為でしかない。

 

 かくしてこのスフェイバの龍震族たちの生業は、もっぱら街と街道を機獣と古魔獣の侵攻から守ること、ついでに遺跡由来の素材の売買だ。

 この酒場には、そんな荒くれ者たちがやってくる。

 

 

「どうです、太守様? 怪しいでやしょう? 人間族にしちゃ別嬪すぎますぜ」

 

 オディラギアスのコップに、さりげなくワインを注ぎ足しながら、ジーニックが声をひそめた。

 周囲の客はわざとらしく視線を逸らしているのを、オディラギアスは感じていた。

 無理もない。この、龍震族にとっては不吉な白い体色は、とにかく目立つ。

 歓楽の場に、喪服で現れたようなものであろう。

 

 まあ、いつものこと。

 オディラギアスは気分を切り替えた。

 

「ふむ。確かに怪しいと言えば怪しいが、あの額の石が霊宝族《れいほうぞく》の証の宝珠だというのは早計ではないか? 他の根拠といってもな……」

 

 オディラギアスは、妖艶に体をくねらせる踊り子を視界の中心に留めながら呟いた。

 リズミカルでエキゾチックな音楽に乗って、豊満な腰が揺すられ、飾りベルトがしゃらしゃら鳴った。そのたびに、周りの男たちは歓声を上げている。

 見た限り、あの踊り子は人間の若い女に見える。人間族の年齢で言えば、二十代半ば程度であろうか。

 髪のきらきらした煌きはそういう加工であろうし、額の石だって装飾品と言えばそうとしか見えない。

 また、霊宝族は男女いずれも美しい容姿を持っているということも伝説に謳われるが、流石に個体差を無視したその根拠はあやふやに過ぎる。

 

「いえいえ。昼間申し上げた通り、あの踊り子は仲間を引き連れて、日中は遺跡の方面へ出向いているようでやすよ。何でも、不思議な武器を使うとか。遺跡で見つかる、星暦時代の武器に似ているそうで」

 

 ジーニックに囁かれ、オディラギアスはふむ、と鼻を鳴らす。

 ステージ下を見ると、見慣れぬ弦楽器を演奏する妖精族の少女、同じく見慣れぬ打楽器を打ち鳴らす獣佳族の少女が並んでいる。

 ジーニックの言うことが本当なら、霊宝族が妖精族と獣佳族を引き連れて、先祖の残した遺跡に手出ししていることになる。

 

「でもよ、本当にそれが星暦時代……霊宝族の技術による武器だなんて、どうして分かるんだ? そういうのって、滅多にみられるもんじゃねえだろ?」

 

 そう口を挟んだのはゼーベルだ。

 究極の武器を打ち上げることに執念を燃やす彼にとっては、未だにどうやって造り上げられたのか不明と言われる、霊宝族の武器の情報は喉から手が出るほど欲しいものに違いない。

 しかし、だからこそ慎重にもなろうというもの。

 

 この世界に生きる者なら子供でも知っている、史実に基づいた神話。

「かつて神々も巻き込んだ神聖六種族同士の争いが起こり、敗北した霊宝族は故郷である『魔法大陸ウーズル』を失った。彼らは地上を見限り、『天空の島メイダル』へと移り住んだ。地上には、彼らのかつての植民地にあった遺跡が残ったが、彼らの呪いによってその周辺は人の住めぬ死の土地になっている」

 大部分の地上種族にとっては、霊宝族は今や神話やおとぎ話の中の住人であり、実際に出くわすようなものではない。

 彼らの実態は時と神秘のヴェールで覆われているし、伝承を信じるなら、地上に降りてくる必然性は何もないはずだ。彼らは地上の支配権を失って久しいし、メイダルの中で、その高度な魔法科学文明を享受しているはずだから。

 

 その「霊宝族」が、地上に降りてきて目の前にいる、という事実は、オディラギアスにとってもゼーベルにとっても、まるで現実感のないことだった。

 

「いやね、あっしは確かに見たんでやすよ。他の龍震族の方々なら三か月くらいはかかりそうな分量の遺跡由来素材を、あの三人組がたった一日で集めているのを!!」

 

 しかし、ジーニックは諦めずに熱弁した。

 周囲を慮って声は落としているが、オディラギアスとゼーベルの耳にはくっきり聞こえる。

 

「間違いありやせんし、誇張って訳でもありやせん!! あの三人組のお嬢さん方はおかしいですぜ……それもこれも、あの踊り子さんが霊宝族だって仮定するなら、すんなり解ける問題なんでさ。霊宝族の武器を持ってるなら、そりゃ機獣や古魔獣退治もはかどろうってもんですからね!!」

 

 オディラギアスはちらとゼーベルに目配せして、うなずいた。

 

「そなたの言うことが的を射ているとするなら、霊宝族の残した極めて危険な遺跡に、その霊宝族の末裔が接近しているという訳か」

 

 面白い、とオディラギアスは思った。

 不運とは感じない。

 むしろ、これは自分の目指す目的の第一歩になるやも知れないのだ。

 

 そうこうしているうちに、霊宝族と疑われる踊り子のステージが終わった。

 口笛が飛び交い、優雅に一礼した女が、舞台袖へ消えるのを、オディラギアスは見た。

 

 ゼーベルを促し、人間族の給仕を呼ぶ。

「あの踊り子をこれへ」という伝言を伝える。

 当然、オディラギアスの正体はバレていたということであろう。あっさり、その命は叶えられた。

 

「これはこれは、高貴な龍震族のお方。あたくしのステージをご覧いただいて感激に耐えませんわ」

 

 例のステージ下で演奏していた妖精族の少女と、同じく獣佳族の少女を連れて、その踊り子はやってきた。

 

「名前は何と申す、美しい娘よ」

 

「ありがとうございます。レルシェと申しますわ」

 

 耳に心地よい、豊かな響きの声を聴きながら、オディラギアスはやにわにその女……レルシェのほっそりした手首を掴んだ。

 彼女の星の蒼の目が見開かれる。

 

「そなたが気に入った。今宵の伽の相手を命ずる」