8-1 黄金の海の上で明らかになったこと

 夕陽を追うように、飛空船は西へと飛んだ。

 

 途中、空間転移の術を使って、一気に大陸を飛び越え、西崖洋《せいがいよう》へ出る。

 一面の黄金に輝く海と、はちみつ色の大気がまばゆい。

 

「……ここまで来れば、ルゼロス王国からの追手はないでしょう。停船して、少し、休みましょう」

 

 舳先に立って魔力で船を操っていたレルシェントは、金色のなかで、ゆっくりと飛空船を減速させた。

 背後に立っているオディラギアス始め仲間たちと、スリュエルミシェルを振り返り、微笑む。

 

「大変なことが分かりましたから、そのご説明と……改めて、スリュエルミシェル様にはご挨拶を」

 

 今まで、仲間たちに母親を紹介していたオディラギアスが、レルシェの方に近付いてきた。

 

「レルシェ。そなたも改めて母に紹介したい。来てくれ」

 

「ええ。折角ですから、船の上でこのまま腹ごしらえもいたしましょう。このままメイダルに入ったら、手続きやら何やらで、食事の時間もないと思いますの」

 

 真面目な顔でそう告げるレルシェントに、オディラギアスははっとした顔を見せた。

 

「……やはりメイダルに向かうのか。……そなたの故郷か」

 

「ええ。あそこなら、世界で一番安全な場所ですわ。スリュエルミシェル様は、あたくしの実家で預かってもらえると思うの」

 

 王族に数えられる方なら、大司祭家でお預かりすることも不自然ではないわ、とレルシェントは続けた。

 

「それに……あなたの、お母様を、私の家で大事にして差し上げたいの……あなたの、お母様、だから」

 

 ほんのりレルシェントの顔が赤いのは、夕映えのせいだろうか。

 

「レルシェ……」

 

 オディラギアスの手が、すっとレルシェントの頬に伸びた。

 ふたりの足元から伸びた長い影法師が、仲間たちと談笑する母の元にまで伸びている。

 

 簡易な夕食の席は、船の甲板の上に、魔法のテーブルセットと、魔法のテーブルクロスを広げることで形作られた。

 夕食のメニューは、スフェイバ風の魚介シチュー、フォーリューン風のくるみパン、そして、これから向かうメイダル風の、果物と野菜と鶏肉のサラダだ。

 

 オディラギアスとその母スリュエルミシェルを上座に座らせ、両脇に囲むように仲間たちを配して、夕食の席は始まった。

 

「まずは、スリュエルミシェル様。御子息オディラギアス様にお世話になっておきながら、ご挨拶が遅れましたことを衷心よりお詫び申し上げます」

 

 レルシェントは、スリュエルミシュルに向かい、丁寧に龍震族式の礼を取った。

 

「いいえ、そんな。わたしこそ、このようにお世話になって」

 

 お助けいただかなければ今頃、どうなっていたか。

 スリュエルミシェルは、甘美な顔を歪ませた。

 

「その上、あのような無礼を……宮廷に関わる一人として、こちらこそ何とお詫び申し上げて良いやら……」

 

 ふすすっ、というような妙な笑い声が、背後から聞こえた。

 

「ねえ、ちょっといーい?」

 

 ニヤニヤしたイティキラがじーっとオディラギアス母子と、レルシェントを見ていた。

 

「多分そういうつもりじゃないだろーけどさー。あんたらさー。お見合いしてるみたいだね?」

 

 意味の取れなかったスリュエルミシェルが首をかしげ。

 オディラギアスとレルシェントが、まじまじと見つめ合った。

 

「うんうん。世間的にほら、言うじゃないでやすか、母親と嫁の板挟みとか……この分なら、そういう心配なさそうでやすねえ」

 

 一人で納得したジーニックが、うんうんとうなずいていた。

 

「太守さんのお母さんとレルシェって、ちょっと似てるとこあるような気がするよね。勉強好きそうなところとか。男の子はお母さんに似た人を好きになるって言うけど、本当だねー」

 

 無邪気な顔でさりげない爆弾を投げたのは、マイリーヤ。

 

「おいおい、このままだと話が迷走するぞ。で、レルシェ、で、何が分かったんだよ?」

 

 ゼーベルが話を強引に本来の筋に戻し、レルシェントもオディラギアスもほっとした。

 

「……そうですわね。重要なことですから、食べながらお話いたしましょう」

 

 レルシェントは、テーブルの上のランプに、魔力で明かりを灯す。

 

 レルシェントは、ダイデリアルスと相対して「運命の骰子」を使い明らかにしたことを、子細に話し出した。

 

 ニレッティアと通じていたのは、ダイデリアルスだったということ。

 そもそも最初にスパイに仕立て上げられていたのは、彼の性奴隷第一号の女性だったということ。

 国王や、他の兄弟たちの監視に当たっていたのも、それぞれの性奴隷の女性たち。

 暗殺されていた王子たちは、ダイデリアルスの政敵というよりも、ニレッティアに都合の悪い者たち。

 

「そんな……そんなことだったなんて……」

 

 誰よりも真っ青な顔になったのは、スリュエルミシェルだった。

 

「残念ながら事実です。ピリエミニエ神から直々のお告げなのです」

 

 レルシェントは悲し気に溜息をこぼした。

 

「申し訳ございませんが、陛下や殿下方は自業自得としか申せませんわ。しかし、スパイに仕立てられた女性の方々は……」

 

「責められぬ。どうして彼女たちを責められるのか」

 

 オディラギアスは重い溜息をつく。

 

 彼女たちが、どんな目に遭っているのか、前々から知っていた。

 哀れに思っても、今の彼の立場では助けられない。

 あれこれ論評するのは簡単だ。

 理想や、きれいごとを語るのも。

 しかし、地獄が現実そのものの彼女たちを放置するしかなかったという事実の前で、そんな言葉は何の力も持たない。

 

「オディラギアス様。どうするおつもりです……?」

 

 ゼーベルが気づかわし気に尋ねてきた。

 

「……処分すべきは彼女たちではない。彼女たちがそうせざるを得ない原因を作った、邪悪な父王であり、兄弟たちだ。彼らがいなくなれば、彼女たちがスパイ行為をする必要もなくなる」

 

 きっぱりと、オディラギアスは断言した。

 仲間の、母親の視線が、龍震族の白い王子に集まった。

 

「父王と、兄弟たちを断罪し、国を立て直す。そのための助力を、メイダル王家に仰ごうと思う」

 

 その宣言と共に、日が落ちた。

 何かの終わりの始まりを、告げるかのように。